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ヒューマンシールド神戸 吉村誠司の地球日記ブログ
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22/11/2009 広島県の倉橋島ミカン畑より11/11/2009 キタクちゃん!?東京都防災ホームページに「災害時における帰宅困難者に関する協定」が東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、千葉市、さいたま市、横浜市、川崎市の八都県市コンビニやファミリーレストラン、ガソリンスタンドなどと結ばれていると出ている。http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2009/08/20j8r200.htm そのHPに出ている帰宅支援ステーションステッカーがコンビニに貼られてあった(上の写真)「キタクちゃん」である。(20社合計14825店 2009年8月27日時点) ●7日パネラーの後、日帰りで戻り、8日は長野県で冬支度や雑務など行い、9日再び上京して、新宿御苑近くの弁護士事務所で災害時を想定した座談会に講師で招かれた。 内閣府の中央防災会議が想定する帰宅難民のデータなどでは、仮に東京都で震度6強の地震が発生した場合、交通手段がマヒして徒歩帰宅を目指す人数は1400万人。 その中央防災会議では、災害時の帰宅難民に時差帰宅や事務所などへの一時避難などを周知徹底するとある。しかし、翌日には歩いての帰宅ということだが、そのための準備は、みなさん、されているのだろうか? 各社が売り出している災害時帰宅支援マップもいろいろあるが、さて何キロ歩けるかな・・・ ●都心でオレンジヘルメット、リュック姿でしばし歩いたが、その災害時を想像すると怖くなったが、格好はどうも浮いている。キタクちゃんステッカー、もっと目立つ所に大きく貼ってほしいものだね・・・
07/11/2009 ソーシャルブロガーフォーラム06/11/2009 趣味「漬け物」作り!?早朝気温2℃。小学校へ向かう娘と紅葉のトンネルを抜けて歩いた。 散歩した帰り道は両手に大根ということもある。有難い! 実は私の趣味のひとつに漬物作りがある・・・! ●さて明日、上京して「ソーシャルブロガーフォーラム」のパネリストを務める。 ~CANPANブログ大賞受賞者に聞く、社会を変える感動情報発信とは?~
http://blog.canpan.info/blog_award2009/archive/50
05/11/2009 倒木、落ち枝に注意!季節外れの豪雪で、山沿いや吹き溜まりには、20センチ以上は積もっており、 休日だったが、消防団仲間の役場職員は、道路の倒木処理と停電箇所の調査に走り回っていた。 31/10/2009 新しいユニフォームへ29/10/2009 台風が再びフィリピンへ26/10/2009 我が家にもインフルエンザが‥‥24/10/2009 震度7から心度7へ復興住宅を訪問昨夜は、小千谷市塩谷で追悼し三軒の遺族宅を訪ねて線香を灯させていただく。毎年、子ども達が通っていた元校長先生訪ねて来られ再会する。 塩谷集会所でも「よー帰ってきなさった!」と日本酒を注がれ五年間を語った。その後、災害ボラ仲間になっているOJ庵に風組やインドネシア帰りの電設男が集まって夜中まで語った。(私は相変わらず先に寝てしまった)栃木県からの伝説男は追悼式後に東北に向かった。 翌朝、山を降りて復興住宅に移り住んだ高齢者宅を数件訪ねたが、五年間の歳月は様々な変化を感じさせた。 頑固親父さんは、尽きない話と涙もろくなって昔の写真を懐かしんだ。 以前、神戸で感じた「復興」とは何かとまた思った‥‥ 住み慣れない地の復興住宅ではなく、ひとつの選択肢として、自宅の跡地に仮設住宅を貰い受け、移設することが可能になると、土地に戻れる方々が増えるかもしれない。 18/10/2009 リハビリの冬支度10/10/2009 様々な温度差・・・●ジャカルタからデンパサール便が遅れて、成田便の出発時間にチェックインという事態となった。
すでに、最終案内として、我々の名前が呼ばれていた。 第2次隊の木村氏も「何も土産も買えないね!」と楽しそうなバリ観光客が満載の機内へ入る。
被災地から一歩出ると、意識の温度差に辛くなることがある。
阪神淡路大震災の際、神戸から大阪へ一歩出たときに、普通の暮らしがあり、ネオンが輝くギャップを思い出す。
●成田から、大修理を協力していただいていた三菱自動車販売(中越地震後からサポートしていただいている)に立ち寄り、機材の返却で日本財団へ。
先日の台風では、前のビル壁がビル風で吹き飛び、財団ビルにも当たり、通勤する方々にもぶつかる寸前だったという。
●仮眠を取りつつ、夜に長野県黒姫へ戻った。気温が8℃に下がっており、35℃インドネシアとの真の温度差に身体が参る。
さて、山形県鶴岡市へ向かう。11日からは、神戸の市長選挙も始まる。 08/10/2009 パダン空港から帰路へ昨夜、往復約200キロの車と歩きの行程から再び暗い被災地に戻った。既に雑魚寝で5泊目なので、同行しているフリーポート(カナダ資本の鉱山会社内救助隊)レスキュー隊の一員になっており、翌日帰る私たちの送別会が海辺の屋台で行われた。 この数日の事、日本の被災地の事、メンバーの田舎の話など「本当に来てくれてありがとう!次回は地震でない時に田舎に来てくださいね」と誘われた。 今回の地震救助についてインドネシアに見習う点がある。それは、広域で数百人規模の行方不明者がいる場合、政府系レスキュー隊や軍隊の他に、高速道路のレスキュー隊や今回の鉱山会社の救援隊も連携できる状態にある事だ。 また鉄鋼や鉄筋カットをする溶接工の姿が軽装ながら最前線にあった。それぞれができることを実行している! 被災地へ向かう仲間を見送ったが、寂しい気分だった。 さて、ジャカルタ、デンパサール経由し、夜中のフライトで日本へ。 ●このブログをチェックしていただいている皆さん、実は携帯から写真、データを海外から送ることは高額で、いろんな方々からの電話、メールは日本からの転送費用はこちら負担となります。(励みになります) 長い道のりへの復興支援、そして事務局維持費へのご協力お願いします!吉村 乗り換えのジャカルタより ●郵便振替口座 00980-7-264796 「ヒューマンシールド神戸」宛 通信欄にメッセージ等お願いします! (最後に、まだ50名近くが行方不明のアンバチャンホテル現場に立ち寄り、黙祷。)
スマトラ島山間部の被災地へパダン市街地から80キロからさらに山奥の地域は、住宅のほとんどが被害を受け、今も土砂崩れの中に200人近くの方々が埋まっている。
土砂崩れ被害の現場と避難所へは、歩いて六キロかかるので、住民はバイクに山ほどの物資を積んで向かっている。
土砂崩れ被害のマラライ村近くのコンティンギ村には、100人ほど避難してテント暮らししているが、次の問題点がある。
ヒアリングした医療班によると、マラリアやデング熱が流行り始めており、高血圧や精神的ストレスの問題もある。
道路が寸断されているので、病人を運び出すのも大変だ‥!
今月から雨季になり、被害が進んでゆくことが懸念され支援の団体も対策が必要だろう。
●明日は、初動の緊急支援を終えて帰国の途につくが、成田空港到着予定の9日午前中は、台風の影響が心配だ‥‥
最後の夜にレスキュー仲間と屋台に繰り出した。
長い道のりになります。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 07/10/2009 パダン地震の被災情報10月6日時点での国連発表(空港デスク)被災情報。
●パダン地震(2009.9.30発生)
死者608人、
行方不明434人、重傷596人
住宅全壊 88272戸、 半壊43323戸、 一部損壊47076戸
学校全壊241校、 半壊175 校、一部損壊87校
●連日救助活動をしていた、アンバチャンホテルにかなりの重機が動員されて、あと約80人が行方不明になっている上部と横から侵入口を作る。
オーストラリア消防レスキュー隊が精密機材で音、生存探索作業に加わり、全ての機械を止めて静寂の中での作業を行ったが、何も反応無く撤収。
●緊急支援から医療支援へこれから、200人が土石流で行方不明の被災地へ向かう。その避難所での医療支援に同行して、長期支援への調査を開始する。
沿道の家々は8割近くが被害を受け、軽傷者が多く残る。
同行レスキュー隊に医療班が待機しており、緊急支援から次のステップに移る。
細く長く‥‥そして風化との戦いだろう ![]() ![]() ![]() ![]() |
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