| S.Yoshi's profileヒューマンシールド神戸 吉村誠司の地球日記ブログPhotosBlogLists | Help |
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6/9/2009 岩手・宮城内陸地震から1年目に・・・●11ヶ月経過してから、再開された岩手宮城内陸地震の行方不明者の捜索。遺族の様々な想いを想像する。
14日の午前8:43の10分前に、大崩落した道を普段通りに通った方の話は印象的だった。「もし、あの場を通過していたら、ひとたまりも無かっただろう・・・生かされた命」だ。
あの地震では、避難したくない方々を強制避難という「孤立集落」の問題について、山間部の多い被災地日本の現状、課題を浮かび出したようだ。
長年、山奥で暮らしている方々を、余震の二次被害の想定と下の街からのアクセスが出来ないこと等を理由に、長期にわたって避難させ続ける行政の姿に疑問を感じていた。(最近、栗駒高原での避難指示は解除)
三宅島の噴火災害で、都内の空き都営住宅などに避難させた結果、仕事や暮らしが変化した若者たちが島に戻らない現状が起きている。伊豆諸島の近隣の島々、大島など、あまり環境が変わらない場所への避難誘導が出来なかったのか、と感じていた。先日のフォーラムで三宅島に戻った高齢の方々は「ここには、先祖代々の墓があるからね・・・」という理由で戻った方が多いと語ったのが印象的だった。
●「応援しています!栗原復興!!」と題して、「栗駒・花山の現状と私たち宮城の市民に何ができるかを考える集い」実行委員会の有志メンバーがブログを開設している。
前日の13日(土)から、数箇所での慰霊、追悼行事が予定されており、先日くりこま高原自然学校の佐々木さんよりご案内の連絡をいただく。
今も多くの方々が行方不明の耕英地区の温泉旅館「駒の湯」前にて、追悼の焼香をする(通行許可申請が必要で住民、支援関係者のみ)。
時が止まったままだろう・・・
この谷にいつも住民が通っていた道路があった。中越地震の旧山古志や小千谷の山間部、台湾921地震でも土砂崩れ現場を見たが、
これほど、広域で巨大な崩壊現場は初めて見た。
限界集落を作り出す日本の今、山間地の復興支援のあり方が問われている・・・
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