ヒューマンシールド神戸 吉村誠...'s profileヒューマンシールド神戸 吉村誠司の地球日記ブログPhotosBlogLists Tools Help

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    7/3/2009

    7月5日清瀬で剛さんと講演

    清瀬青年会議所での例会第2弾として、下記の企画で小千谷の星野剛さんと語ります。
    午後には、体験ブースも手伝いますので、急ですが、関東の皆さん再会とあの日を想うの機会にどうぞ!
     
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     
    「あなたは災害時に愛する者を守る準備が出来ていますか?」
    清瀬青年会議所7月例会
    ●見て聞いて感じて  午前の部
    日 時: 平成21年 7月5日(日曜日)
    場 所: 清瀬市児童センター「ころぽっくる」
    受付開始:9時30分から   参加費  無料
    講 演 会  10時00分から11時50分
    講 師: 星野 剛氏 吉村 誠司氏
    平成16年の新潟中越地震で自宅崩壊、家屋の下敷きになりご子息を亡くされ、本人も町内の
    方に救助を受け、被災体験を今「語り部」として活動されている星野剛氏と、その際に支援に参
    加した災害ボランティアの吉村誠司氏の2方を、お招きし講演頂きます。
    ●見て感じて体験  午後の部
    「地域防災力を高めよう」
    各地で起きている災害を他人事や無関心で過ごしていませんか?
    何時起きるとも限らない災害に何か準備をしていますか?
    未明の災害に対し、ただ“恐怖心”を抱いたり煽ったりするのではなく
    しっかりとした、知識と地域のコミュニティで行う準備が、
    大切なものを守る一歩なのです。

    場所 神山公園 (雨天時児童センター内)
    清瀬児童センター前広場
    時間13時00分から15 時00分終了
    見て感じて体験内容
    1、清瀬災害時支援ボランティアブース / ロープ結束訓練 / AED体験
    2、災害ボランティアブース / 災害時必要工具展示 / チェーンソー体験
    3、社会福祉協議会ブース/車いす体験・炊き出し体験
    ※各体験ブースを廻りはしご車体験(出動・事情によりキャンセルあり)
    中越地震被災写真

    清瀬青年会議所 http://www.kiyosejc.gr.jp    お問合せ先 090-4206-7525
    吉 村 誠 司 氏 http://spaces.msn.com/chikyunikki/  まちづくり委員会委員長 増 田 静 一
    後援 : 清瀬市
    協力: 清瀬消 防署     清瀬市役所総務部防災安全課    清瀬市社会福祉協議会
    清瀬災害時支援ボランティア清瀬防災女性の会   ヒューマンシールド神戸  
    7/2/2009

    山形県七五三掛地滑り現場より

    急遽、避難勧告指示が出ている山形県鶴岡市の七五三掛(しめかけ)地滑り現場に鶴岡市議の草島氏と入っている。





    今朝の山形新聞にも被害状況航空写真が掲載されているが、かなりひどい状態だ。



    7/1/2009

    新潟市新津より

    数年前も新津第二中学校に講演会で来た事があった。カンボジアへの井戸掘り支援など関わった当時の中学生はもう大学生となっている! その時の先生からのつながりで、今年は280人の学生を前に国際理解の時間をいただいた。 自分が中学生だった頃から現在に至るまで様々な話をした。ありがとう‥‥


    ●夕方、宮城県のクロさんより連絡が入った。 先日に追悼式を行った栗駒高原の駒の湯旅館跡地から行方不明の二人が発見されたとの事。 あの泥沼化した現場での困難な捜索活動を思いながら黙祷したい。 おかえりなさい‥‥


    6/25/2009

    ブラジル大統領へメッセージを!!

    ●グリーンピース・ジャパンからのメールニュースを転載します。
    地球上の空気、水、土、心はつながっていると思います。どうぞ、あきらめない一歩を!
     
    また、インドの海岸で産卵するヒメウミガメの繁殖地保護の活動でも、産卵地近郊に巨大な港湾を
    整備するタタ社への抗議、署名活動も行っています。どうぞ、ご支援、ご協力お願いします。吉村
    ・・・・・・・・・・・転載歓迎・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     
    アマゾンの森林がいま、危機に瀕しています。牧畜産業など開発業者への圧力
    により、ブラジルで不法に森林を伐採して開発した者たちの権利を認める法案
    が2009年6月に国会を通ってしまいました。この法案にブラジル大統領が署名す
    ると、アマゾンの森林破壊が合法的に推し進められることになります。

    アマゾンの森林を破壊しないために、また気候変動をこれ以上進めないために、
    あなたのメッセージをブラジル大統領に送ってください。今週末にもサインし
    かねないということで時間がないので申し訳ないのですが、今すぐお願いします。

    この法案は、もともと小規模な入植者たちの土地の権利を認めるためのもので
    したが、審議の過程で修正され、大規模な土地横領者や産業の利益を優先する
    ような条項が付け加えられました。ブラジルの牧畜業は世界の森林破壊の14%
    を占めるほどになっています。その多くは、不法な放火と土地の占拠による用
    地の開拓によるものです。今回の法案はそれを止めるどころか、そうした違法
    な開発業者に合法的な権利を与える条項を含んでいます。

    ルラ大統領は、このひどい法案の最悪の条項を拒否できる唯一の人です。もし、
    大統領が開発業者らの圧力に負けてこの法案を承認するサインをしてしまえば、
    アマゾンの破壊を止めることはきわめて難しくなるばかりではなく、気候変動
    も加速度的に危険性を増していくでしょう。

    ルラ大統領が法案にサインしないよう、あなたのメッセージを同大統領に送っ
    てください。

    ルラ・ブラジル大統領に対し、アマゾンとグローバルな気候問題への取り組み
    を促すために、あなたのメッセージを送ろう
    https://www.greenpeace.or.jp/ssl/actions2/amazon/?cyber
    ★ グリーンピース・ジャパンをご支援ください

    グリーンピースは環境保護を願う市民の立場で活動するため、政府や企業からの
    資金援助を受けず、活動に賛同される個々人の方の支援で活動を続けています。
    一人ひとりのご支援が、環境問題解決に向けた大きな力となります。

    ぜひ、グリーンピースをご支援ください。
    https://www.greenpeace.or.jp/ssl/support/supporter_form_html?cyber

    6/24/2009

    嵐の新月、霊峰の麓へ

    人通りの少ない神戸市長田区の菅原市場のメインストリート跡地の拡幅された道路。
    「商売あがったりやわ・・・」とキムチ屋さんの落胆した声をまた聞いた。住民不在で決定された区画整理事業では、各地に更地と問題を残している。

    復興住宅や商店、家など数箇所に活動報告書を届けて、神戸を後にした。

    そして、1993年6月の記憶をたどる道となった。

    阪神淡路大震災の発生2年前、1993年6月17日に、人生の師であるOさんは、一人石川県側から霊峰の白山に登り山頂の山小屋に宿泊し、岐阜県側に翌日下山していった。

    残雪が残る山頂小屋の主は、「あっち方向に雪上をひとり歩いて行きました。まだ山開き前だったので、心配でした・・・」と最後の見送りの様子を語った。

    当時、国分寺市議会の6月議会最中だったが、議長に「捜索の為に欠席をします」と届け、19日早朝からの県警などとの捜索活動に合流した。(先輩議員からは、私の提案意見書もあった関係で、急な欠席は懲罰になるのでは、と議運で意見が出されたというが、了解されたという。)

    捜索では、操縦士の表情が判るほどの低空飛行のヘリコプターが飛び交う中、私は捜索隊と登山道を隠している残雪を越えて山頂までの往復や谷間への道、雑木など数日捜索した。夜の山頂は、かなり冷え込み気持ちが焦った。

    そして、Oさんの手がかりがまったく無いまま、72時間の壁を越えて23日に撤収となった。その悲しみの思い出の日が、この新月の日だった。

    後日、家族の方から、捜索のお礼に「良かったら使ってください・・・」と遺品のピッケルをいただいた。「もし、Oさんがこのピッケルを持って登っていれば、残雪を乗り越えて下山できたのではないだろうか・・・」と想像した。

    あれから、17年の月日が流れたが、時が止まったままだ。不思議なことに、この霊峰白山では、以前にも中学生が行方不明になったままだという。

    嵐の豪雨は早朝には去ってゆき、麓でピッケルを立てて、合掌し花を添えて帰路へ・・・・

    山が深い


     

    細く長く‥‥

    元気村・移動サービスの自称おっちゃんです!
    日本財団から寄贈を受けた福祉車両で、様々な方の足となってコツコツと走り続けています。
    スタッフのF夫妻は、80歳を越えながらも安全運転(夫)と豪快話術(?)で奮闘中!

    細く長く その2
    長田区の名物(!?)冷麺屋さん。「いろいろがんばってるねー!はいサービス!」と
    1.5倍盛りの麺と焼肉付。細く長く 食べても食べても減らない不思議なおいしい冷麺でした。

    細く長く その3

    神戸のある大学で募金活動が行われている。
    その担当先生や事務局、生徒(中国からの留学生も含む)たちと四川省への支援方法について座談会。
    8月25日から1週間ほど、現地に向かう予定で調整を開始。
    担当先生「仮に生徒たちが無理でも、私は確実に行きます!」と気合十分。

    是非、細く長く支援~関係する絆が出来るようにしましょう。


    6/23/2009

    車椅子が欲しい‥‥と

    神戸の貴重な時間に、復興住宅を訪ねる。
    仮設住宅からの引越ボランティアや、台湾地震の被災地で家を建てる技を振るったUさん宅を
    訪ねたが、あのシャキシャキした動きは無く、ヨロヨロと部屋の中をつたい歩きをする状態。

    「車椅子がどこかに無いかな?」自分で歩くのがしんどくて・・・・

    思いがけない言葉に、移動サービスの関係者に情報・物品提供のお願い電話をつなぐ。


    その後、支援の原点だった長田区を廻ったが、思いがけない方々が亡くなっていた。最後の言葉も交わせないまま、去っていった自分を思い出す。

    15年という歳月は、確実に多くの方々の寿命を迎えることになっているが、寿命の長さや短さが地震と復興の影響でどう変わったのか、誰にもわからないのだろうか・・・

    2兆7千億以上の市債を抱える神戸市、地震後の検証は、いかがだろうか?無関心の風が吹く中、兵庫県知事選挙の最中だった。

     


     

    6/21/2009

    山、海へゆく

    ●今週は小千谷市の鍼灸院から始まった。あちこちの不具合もあり、最近は鍼灸の治療を受けていた。 新潟~長野~山梨~東京~愛知~神戸へ‥‥ ●柏崎市では仮設住宅の引越作業の他に中越沖地震から来月16日で二年目にむけての寺修復記録紙の編集会議。 ●地元、長野県の保育所しつけ講座で被災地の体験と備えについて語った。 知っている方々を前にしてやや緊張。翌朝から上京へ‥ ●山梨県清里キープ協会、自然学校の方々に現状報告と被災児童のキャンプについて打ち合わせ。 ●長年暮らした国分寺へ‥‥ 21日投開票の市長選挙や来月の都議選関係で仲間が出馬となり裏方の動きをする。 ●原点の神戸へ! 地震後、葬式ばかりの神戸で初めて結婚式に出席。災害関係ボラの祝いに、メッセージを語った。 元気村移動サービスのおっちゃんも嬉しそう。 「山、海へゆく!」と 比喩された神戸市開発行政の人口島に久しぶりに来た。昔、仮設住宅が建ち並び孤独死の発見もあった不自然な街。 地震前、株式会社の神戸市とも言われたが、「会社だったら、あんな運営はしないだろうなぁ」と二兆を超える借金まみれに呆れる! ●明日は、大学で四川地震支援の打ち合わせだ。8月後半に現地入りをしたい若者(気持ちが)を募集する予定。いかがですか?



    6/15/2009

    震度7の震央にて

    2004年の中越大震災で震度7を記録した新潟県川口町。千曲川が信濃川になり鮭が遡上する魚野川と合流する夕陽が美しい町。


    (手前が魚野川、左より信濃川が合流する。右の川口町の多くが全半壊した)

     昨日の引越打ち合わせと中越大震災の被災地下見には高校の先生を案内していた。その先生は、中越地震後に9日目に十日町にボランティアで来ていた。

    (芒種庵前のそば畑も大きくなりました)

     旧山古志の水没集落や地滑り現場、小千谷市塩谷の慰霊碑や修復した古民家芒種庵、川口町の震央を廻り、夏休みに生徒を連れて来るイメージを作った。柏崎市では、お盆後に集中する引越ボランティアに参加してくれる! 記憶が風化する中で細く長くの支援はありがたい‥‥ 「心のスイッチを切らないで‥」と長野オリンピック聖火ランナーのクリス・ムーンが言っていたのを思い出した。

    時が止まったまま・・・

    4年半の歳月で、木々の緑が包み込んでゆくが生活の匂いや音は聞こえない

    6/14/2009

    小千谷のコンサート

    中越大震災復興五周年記念事業として清家みえ子さんがチャリティーで行ってくれています!!

    宮城~柏崎、小千谷へ

    追悼式から一路、中越沖地震の被災地柏崎市へ。 恒例行事の「えんま市」には大勢の人手で賑わう。 この夏に期限切れとなる仮設住宅の引越打ち合わせと柏崎市を去る方の引越作業をする。 寂しい表情が心に残る‥‥ その後、中越地震の小千谷市に向かい、尊い三人の小学生が亡くなった塩谷の「芒種庵を創る会」主催のコンサートに駆けつける! 会場は満員で良かったです!! しかし眠気が襲ってきました‥‥





    遠い道のり 6.14

    昨夜は、三カ所での灯火追悼が行われた。 この一年間を振り返り、くりこま高原自然学校松倉校でスタッフや支援者と夜遅くまで語った。 避難指示が解除されたが 許可を取らないと自由に入れない地区のことや住民内や行政との意識の温度差など様々な問題がある。 二人が行方不明の現場に花を添えて山を下りた。 いろんな意味で遠い道のりだ‥‥



    6/13/2009

    駒の湯にて追悼式

    614個の灯りを並べて、夕方を待ちます‥‥ 地球の鼓動が聴こえそうです。



    栗駒高原の耕英地区へ

    時が止まったままの傷跡‥‥ これから追悼式



    宮城県に神戸の117 希望の灯が



    白木さんが神戸から「117希望の灯」を届けてくれた

    福島県より

    昨日はカヌートレックの車両回収、片付けと機材載せ換え、事務作業などに追われる。 13日は、東京都国立市の滝乃川学園本館修復記念式に参加したかったが、追悼式の宮城県へ向かっている。 一昨日、学校と保育所帰りの子どもたちと家族でカモシカとの再会を願い夕方の川下りをした。 支えてくれる家族との貴重な一時でした‥‥ 宮城県の翌日は、中越沖地震の仮設住宅引越作業で柏崎市へ!神戸からの絆で千葉県のs先生も一緒に行います。


    6/11/2009

    千曲川トレック三日目

    昨夜からの雨の中、上流からの20キロカヌートレックへ。

    20フィート艇も登場して、6艇で出発!(立ヶ花駅近く)

    昨日、カモシカを発見したモカちゃんは、船首(バウ)が好きで探し物。

    群馬のUさん 果敢に瀬でターンをする。

    雄大な流れに、もっと多くの方々が出会えればいいのに・・・・

    ランチには晴れ間になり、のんびり下っています。

    千曲川のカモシカ

    東京や群馬、長野県からの参加者とレクチャーを終えて、のんびり川下りへ‥ 

    初日は、午後からの8キロコース!

    同行の犬モカちゃんが川岸にいるカモシカを見つける!

    しばらく見つめ合いました‥‥



    長い瀬がある湯滝温泉で陸から流れをチェック!ここからラフティングコースにもなっているが、誰も沈没しませんでした!


    夜は手作り料理と焚き火を囲んで語り合っています。

    6/10/2009

    千曲川の朝より

    長瀞の小滝の流れから、一転し穏やかな千曲の流れへ‥

    昨夕の川面からの夕焼け、

    野沢温泉の温かさ、心地よい風の中でテント無しで寝るスタッフ。

    小鳥たちのさえずりが優しい‥

    6/9/2009

    岩手・宮城内陸地震から1年目に・・・

    ●11ヶ月経過してから、再開された岩手宮城内陸地震の行方不明者の捜索。遺族の様々な想いを想像する。
     
    14日の午前8:43の10分前に、大崩落した道を普段通りに通った方の話は印象的だった。「もし、あの場を通過していたら、ひとたまりも無かっただろう・・・生かされた命」だ。
    あの地震では、避難したくない方々を強制避難という「孤立集落」の問題について、山間部の多い被災地日本の現状、課題を浮かび出したようだ。
     
    長年、山奥で暮らしている方々を、余震の二次被害の想定と下の街からのアクセスが出来ないこと等を理由に、長期にわたって避難させ続ける行政の姿に疑問を感じていた。(最近、栗駒高原での避難指示は解除)
     
    三宅島の噴火災害で、都内の空き都営住宅などに避難させた結果、仕事や暮らしが変化した若者たちが島に戻らない現状が起きている。伊豆諸島の近隣の島々、大島など、あまり環境が変わらない場所への避難誘導が出来なかったのか、と感じていた。先日のフォーラムで三宅島に戻った高齢の方々は「ここには、先祖代々の墓があるからね・・・」という理由で戻った方が多いと語ったのが印象的だった。
     
    ●「応援しています!栗原復興!!」と題して、「栗駒・花山の現状と私たち宮城の市民に何ができるかを考える集い」実行委員会の有志メンバーがブログを開設している。
     
    前日の13日(土)から、数箇所での慰霊、追悼行事が予定されており、先日くりこま高原自然学校の佐々木さんよりご案内の連絡をいただく。
     
    今も多くの方々が行方不明の耕英地区の温泉旅館「駒の湯」前にて、追悼の焼香をする(通行許可申請が必要で住民、支援関係者のみ)。
     
    時が止まったままだろう・・・
     
    この谷にいつも住民が通っていた道路があった。中越地震の旧山古志や小千谷の山間部、台湾921地震でも土砂崩れ現場を見たが、
    これほど、広域で巨大な崩壊現場は初めて見た。
     
    限界集落を作り出す日本の今、山間地の復興支援のあり方が問われている・・・