ヒューマンシールド神戸 吉村誠...'s profileヒューマンシールド神戸 吉村誠司の地球日記ブログPhotosBlogLists Tools Help

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    11/11/2009

    キタクちゃん!?

    東京都防災ホームページに「災害時における帰宅困難者に関する協定」が東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、千葉市、さいたま市、横浜市、川崎市の八都県市コンビニやファミリーレストラン、ガソリンスタンドなどと結ばれていると出ている。http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2009/08/20j8r200.htm

    そのHPに出ている帰宅支援ステーションステッカーがコンビニに貼られてあった(上の写真)「キタクちゃん」である。(20社合計14825店 2009年8月27日時点)

    ●7日パネラーの後、日帰りで戻り、8日は長野県で冬支度や雑務など行い、9日再び上京して、新宿御苑近くの弁護士事務所で災害時を想定した座談会に講師で招かれた。

    内閣府の中央防災会議が想定する帰宅難民のデータなどでは、仮に東京都で震度6強の地震が発生した場合、交通手段がマヒして徒歩帰宅を目指す人数は1400万人。
    橋梁落下や火災延焼などで道路が混雑すると、ある地区では、1平方Mに6人というラッシュアワー状態で歩けても1時間に400mだという。

    その中央防災会議では、災害時の帰宅難民に時差帰宅や事務所などへの一時避難などを周知徹底するとある。しかし、翌日には歩いての帰宅ということだが、そのための準備は、みなさん、されているのだろうか?

    各社が売り出している災害時帰宅支援マップもいろいろあるが、さて何キロ歩けるかな・・・

    ●都心でオレンジヘルメット、リュック姿でしばし歩いたが、その災害時を想像すると怖くなったが、格好はどうも浮いている。キタクちゃんステッカー、もっと目立つ所に大きく貼ってほしいものだね・・・ 

     

    10/10/2009

    様々な温度差・・・

    ●ジャカルタからデンパサール便が遅れて、成田便の出発時間にチェックインという事態となった。
    すでに、最終案内として、我々の名前が呼ばれていた。
     
    第2次隊の木村氏も「何も土産も買えないね!」と楽しそうなバリ観光客が満載の機内へ入る。
     
    被災地から一歩出ると、意識の温度差に辛くなることがある。
    阪神淡路大震災の際、神戸から大阪へ一歩出たときに、普通の暮らしがあり、ネオンが輝くギャップを思い出す。
     
    ●成田から、大修理を協力していただいていた三菱自動車販売(中越地震後からサポートしていただいている)に立ち寄り、機材の返却で日本財団へ。
     
    先日の台風では、前のビル壁がビル風で吹き飛び、財団ビルにも当たり、通勤する方々にもぶつかる寸前だったという。
     
    ●仮眠を取りつつ、夜に長野県黒姫へ戻った。気温が8℃に下がっており、35℃インドネシアとの真の温度差に身体が参る。

    さて、山形県鶴岡市へ向かう。11日からは、神戸の市長選挙も始まる。
     
     
    10/2/2009

    成田空港より スマトラ島へ

    地震当初は閉鎖されていたスマトラ島パダン空港へジャカルタ経由で入る。

    インドネシアへは、2000年のベンクール沖地震からアチェ津波、ジャワ島ジョグジャカルタ地震など何度か入っている関係で近い国だが緊張感を持ってゆく。 私のドコモ携帯は現地で使える携帯だが、ブログ更新のメール送信が出来るか不明だ‥‥

    成田空港には、救助犬のスタッフも見かける!

    エンジンカッターの税関検査では、寄贈いただいているマキタ本社からのタンク内洗浄証明をFAXしていただき、ガルーダ航空の理解もあって、クリア。
    5日からの第2隊も土日がはさむ関係で、今日の午後3時までに出発の決断が必要なので、スタッフに電話確認。

     ●機材(総重量約70kg)

    ①エンジンカッター(マキタ製)混合タンク(新品)
    ②ダイヤモンドブレード(金属、コンクリート専用355mm円刃)
    ③スプレッダー(レスキュー隊が活用する狭い空間を広げる機材。日本財団より借用)
    ④テント、蚊帳、防水バック、ロープ、ヘッドライト
    ⑤ヘルメット、皮手袋、マスク、安全帯など個人防具 ⑥ファーストエイド(治療薬)
    ⑦下手な手品グッズ、飴(子どもに笑顔を!)家族の写真と勇気



    9/22/2009

    第二陣、台湾の被災地より

    第二陣で台湾被災地を廻っている仲間からメールが届く。あの大地震からまだ10年目だ ‥‥‥‥‥‥‥

    (近藤)9月20日、南投縣の霧社経由で武界へ。所々道が土砂崩れで埋まっていますが、原付で走れる程度。人が住む家などの被害は少ない。 霧社と武界の間にある親和村では、今回の台風で橋が流されています。 武界の村も大きな被害はないようです。 921のあとに再建築された教会では村中の人が集まり、教会の59周年を祝っています。 921が教会の誕生日だとおっしゃっていたことが印象的でした。 霧社から武界までずっと川沿いの道を下りましたが、土砂に埋まった川が無惨です。生き物の気配を感じませんでした。

    武界から中正村へ。ここから佐藤がレポートします。約5年ぶりぐらいで中正村へ入った。武界からの道は霧社、武界の道と同じくところどころ土砂崩れがあったもののスムーズに入ることができた。村全体の様子は台風等の影響は感じず、むしろ5年前よりも平穏を取り戻しているように見える。震災直後より交流のある原住民のおばあさんのところへ向かう。相変わらず一人暮らしのようで快く来訪を受け入れてもらえる。痴呆であることは以前から分かっていたが、病気のようでひどく痩せていた。体が思うように動かないらしく、一人では辛い、さみしいと言っていたのが衝撃的だった。震災直後に亡くなった旦那さんの写真が部屋の各所に飾られており、その前に綺麗な花が生けてあった。それが彼女の日課なのだろうと思う。 切なくて帰り道に泣いた。

     今回、埔里で拠点とさせてもらっている菩提長青村(仮設住宅)にて、震災の10周年式典が行われることになっている。 震災以後立ち上げられた組織で、独り身の老人や経済的に困難な人たちの生活や自立を手助けしている。 組織の変革やスタッフの移り変わりはあったものの設立当初の思いを貫いていった。 彼らの暮らしをみていて、生きていることと生かされることについて考えさせられた。

     長青村から20分ほどのところにある神戸市長田区の鷹取教会から寄贈されたペーパードームで行われた10周年の式典に参加し、再び長青村に戻り、独自で行う式典に参加した。これまで10年間に関わってきたスタッフたちも多く訪れ、自己紹介を交え、当時の状況などを話ながら、入居者の人と交流を交していた。 日付が変わって、9月21日深夜1時47分、ライトを消し、ひとりひとりロウソクを持ち、10年間を振り返った・・・・・

    (焼け野原となった神戸市長田区の鷹取教会に建てられていた、紙のパイプで出来た礼拝堂が、団体「新故郷」の尽力で海を渡り移設された。この地を訪ねる方々は後を絶たない)

    9/20/2009

    DRT愛知の様子③

    炊き出し隊として被災地に駆けつける富山県のヤマヤさんの機材一式。熱交換機の釜でお湯を作りシャワーも完備! 夜は各地の水を飲み比べしながら、座学!?となりました!翌日はキャンプ場からの依頼でコンクリート管切断のエンジンカッター作業となっています。また、当日の講習の様子が読売新聞愛知版で紹介されました。http://chubu.yomiuri.co.jp/news_b/bosai090920_1.htm



    ●主催のあかつきボランティアネットワーク東海支部 の皆さんご苦労さまでした!!
    http://akatsuki-blog.jpn.org/main/blog/2009/09/drt2009.html

    9/4/2009

    ●緊急災害支援基金の募金お願い

    ●インドネシアジャワ島を襲ったM7.0の地震。地震直後から現地入りなどの問い合わせが入る。
    インドネシアとは、2000年に発生したM8.6のスマトラ島ベンクール沖地震、記憶に新しい2004年の大津波アチェ、06年ジャワ島など、何度も入っていた。
     
    今回の地震でも家を失ったり、余震が怖くて外で寝ている人々を想像できる。この間、インドネシアで進めてきた、いくつかのプロジェクト(ミシンでの手芸作成、漁船製作支援、小さな図書館建設)の状況チェックもあり、
    現地へ入りたいが、現地への緊急支援金が足りないのが現状だ。メダンにいるスタッフに連絡を取りはじめる。
     
    ●6日から、台風8号被災地の台湾へ向かう。1999年9月21日の台湾集集大震災から10年が経過し、今も現地の方々、当時学生ボランティアだった仲間と連絡を取り合っていた。先月からの台風被災地の様子や、地震被災地の山岳地でも被害があり、川で行方不明となった方がいると情報が入る。台湾中部から南東部を廻る予定だ。
     
    先日、ダライ・ラマ氏が慰問での台湾南部の訪問があったが、報道されていない地区へ状況が心配である。
     
    日本語を流暢に話す山奥のタイヤル族や布農族、シャオ族の村々を訪ねる予定で、第1陣2名が9月6日~、第2陣2名が19日~台湾へ入る予定だ。山岳部の方の中には、旧日本軍としてジャングルで戦って帰国した方もおり、「ジャングルで生き延びられたのは、山岳民族の知恵かもね・・・」と笑顔で答えた表情を思い出す。
     
    ●緊急災害支援基金への募金お願いします!!細く長く、顔と顔の見える活動を目指して・・・
     
    ■郵便振替口座 
    00980-7-264796
    名義 「ヒューマンシールド神戸」
     
    通信欄に「緊急災害支援基金」と明記ください。
    (手数料の負担お願いします。税控除はありません)
     
    ■銀行口座 
    三菱東京UFJ銀行 明石支店
    普通 4576874 
    名義 「ヒューマンシールドコウベ」
     
    約20mの津波が襲ったスマトラ島アチェ。2004年12月「津波が到着する前に、人々は死んでいきました・・・パニックになって自動車で逃げる方にひき殺されていたのです。だから生き残った私は精一杯ボランティアをしています」
     
    今もあの言葉、瞳、そして包み込む笑顔が忘れられない。
     
     
    7/10/2009

    中国雲南省で地震発生!

    ●中国の雲南省でM6.0の地震が発生したと情報収集している。
     
    前回、この地域で地震があったのは、2000年1月15日で姚安地震と言われ、1999年発生して支援中の台湾から向かい現地の赤十字の方と支援に走り廻った記憶が残る。
     
    首都の昆明はすでに標高2000mを越えて、さらに標高が高い被災地は、寒さに対応し土レンガ、土壁作りの家が並ぶ。
     
    まだ、犠牲者の数が出ていないというが、多くの方々は余震の恐怖で外で脅えて寝ていることが想像できる。(写真 四川省の標高3300mの被災地 2008年7月)
    →いろいろと情報チェックしたが、瓦礫の下に数万人という四川地震とは違うので、現地入りの予定は無い。
     
    ●地震の被害も心配だが、ウイグル地区での暴動、鎮圧によって1000~3000人が亡くなったとの報道もある。
    チベット問題もあるように、様々な民族が暮らす中国の課題は大きい。平和でありますように・・・・
     
    真実は武力よりも勝るだろう。
     
     
    7/6/2009

    「最後まで諦めない」清瀬JC例会より

    今年、清瀬青年会議所は2009年度竹下理事長がスローガン「DREAM ~自分を信じ、絶対に最後まで諦めない~」として、活動を行っている。
    http://ameblo.jp/kiyosejc2009/


    ●左 増田委員長(私と付き合い始めて各地を廻る羽目に・・・仕事との両立!?ご苦労さまです)

    その中の「まちづくり委員会」で、「防災」について増田委員長が担当し、私がアドバイザーを勤めている。今年1月の神戸から、中越の小千谷(闘牛)、旧山古志被災地、先月の宮城県栗駒高原での犠牲者や行方不明者の追悼式にも参加して、現場を肌で感じてくれた。小千谷には何度も足を運んで、今回講師を受諾していただいた星野剛さんと様々な話をした。
    http://sun.ap.teacup.com/shiodani-tougyuu/ 

    地震直後、自宅の倒壊で自ら生き埋めになったが、大きな余震の中、絶対に最後まで諦めないと近所の方々に救助され、自分もジャッキで家族を助け出した経験、失った息子の体験談は、気丈な星野さんも話すことが出来るには、何年もかかったとつぶやいた。「かえって、こういう話せる機会がある方が助かったのかも・・・」と言ってくれた。最後まで諦めないというスローガンが心に響いた。

    私が、倒壊した星野さんの自宅瓦礫下から、沢山のジャッキや懐中電灯を発見したことを思い出した。危険と背中合わせの救出作業だったと推測された。「本当は、自分が死んでいたのかも知れない・・・近所の皆さんに感謝している」と星野さんは語った。

    午前の講演会が終わり、倒壊家屋からの救助を想定、体験するブースを担当。 実際に大工さんが、屋根の倒壊した模型を作成してくれたので、本格的だった。
    (この倒壊屋根は、清瀬消防署での救助活動訓練に利用されることになりました。)

    被災地で出会い、今月末に結婚するコバちゃんもパートナーと応援に来てくれました! なんとパートナーは学生時代、清瀬の大学だったと驚き!(もちろん清瀬へ引越ししないの?と青年会議所への勧誘はされていました。)

    消防署からの煙体験室やAED体験、ハシゴ車も登場、地域の防災団体の炊き出し、ロープワークなどなど沢山の訪問者がありました。蒸し暑い中、本当に 設営ご苦労様でした!


    救助道具とチェーンソー実演、特に突っ込み切りで壁に穴を開けれると強調。

    左から竹下理事長 吉村、コバチャン、剛さん


    6/2/2009

    6.7災害ボランティアの安全衛生フォーラム

    ●2007年より新潟や宮城、神奈川で行ってきた救援機材を活用した講習会DRTの講師、クロさんからの情報転送です。
     
    私も上京し、一般参加者として出席する予定。第4回DRTは9月に愛知県で行う予定です。
    (2004年中越地震で倒壊した車庫での作業 at 旧山古志村)
     
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    第4回 ボランティアの安全衛生フォーラム

    毎年国内外で大規模災害が起こり、多くの市民がボランティア活動を行なっています。災害ボランティアのあり方や養成方法についても多くの議論や検討がされています。
     
    特に活動現場における事故や健康管理など「安全衛生」に関する配慮もされて来ていますが、まだまだその必要性が行きわたっているとは言えません。

    そこで本年度も、災害時に活動する市民やボランティア、若者、高齢者、学生など様々な視点から災害ボランティアの「安全」「衛生」を考えるフォーラムを開催します。

    第4回目となる今回のフォーラムでは、これまでに開発されてきた防災ボランティアやコーディネーター向けの研修プログラムを一堂に集めてご紹介するとともに、実際に体験するセッションを設け、活動の安全に目を向けて一早く展開すべき課題を模索します。

    ◇日 程:平成21年6月7日(日)
    ◇会 場:滝野川会館(〒114-8534 東京都北区西ケ原1-23-3) 
    ◇テーマ:「ボランティアの安全衛生、整理と検証」  
    ◇参加費:無料

    ◇概要 :
    ・第1部 「これまでに開発されてきた災害教育用ツールの紹介」
    ・第2部 「プログラムを体感する」
    ・第3部 「ボランティアが安全に衛生的に活動するには」

    ◇主催団体
    ・ボランティアの安全衛生フォーラム実行委員会
    特定非営利活動法人 日本ファーストエイドソサエティ

    ◇後援(予定):
    内閣府、総務省消防庁、厚生労働省、国土交通省、日本赤十字社、中央共同募金会
     
    ◇プログラム(予定)

    13:30~13:40  
    ■開会の挨拶  岡野谷 純(フォーラム実行委員長) 

    13:40~14:30 
    ■第1部 「これまでに開発されてきた災害教育用ツールの紹介」  
    ①防災ボランティア研修・講座(一般向け・コーディネーター向け)紹介
    ②クロスロード防災ボランティア編を使った安全衛生教育プログラム
    ③動力機材などを利用した災害ボランティア講習プログラム
    ④その他

    14:30~15:30 
    ■第2部 「プログラムを体感する」
    ① クロスロード防災ボランティア編を使った安全衛生教育プログラム
    ② 参加者の事例・質問などを書く作業

    15:45~16:20 
    ■第3部 「ボランティアが安全に衛生的に活動するには」   
    司会:中川和之(時事通信社)   
    助言:山崎美貴子(神奈川県立保健福祉大学長 教授、東京ボランティア・市民活動センター所長)

    16:20
    ■挨拶まとめ  
    尾島 俊之(フォーラム実行委員会)

    ■問合せ先(フォーラム事務局)
    特定非営利活動法人 日本ファーストエイドソサエティ
    東京都北区西ヶ原4-33-11 
    TEL:03-5974-3747
    FAX:03-3910-1368

    ※今後、若干のプログラム等の修正もこざいますのでご注意ください
     
     
    5/13/2009

    黒いヒマワリと‥‥

    阪神淡路大震災を体験した子どもたちが、書いた絵が残っている。
    色が乏しく、黒いヒマワリに太陽の光は届いていないようだ。

    泣いているような表情の人々に濁った赤で色がついているのも意味深い。

    国によって、あえて地震後の様子を思い出して絵に描いてもらい、丸めたり、破ってみたりしてその心の傷跡を乗り越えようとする取り組みもある。

    阪神地区の子どもたちと8年間続けた、富士登山。ご来光を山頂で見ようと寒い暗闇をライトの光で登りながら頂上で見た朝焼けと丸い地球は心に残り、自宅に戻ってから保護者からの嬉しい声もあった。
    「電気を消して寝られるまでに3年かかりました。キャンプに参加出来て、良かったです。ありがとうございました!」

    昨夜、カタカタと小さな揺れからガタッ!とやや大きな横揺れで自宅周辺は震度3の地震が発生。群馬北部と上越が震度4という変な地震だった。
    2006年7月の中越沖地震では、長野県北部で震度5強の揺れを体験した二人の娘(特に下の娘)の心には、しっかりと恐怖の傷が残っており、すぐに机の下に入っていた。
    四川地震のニュースなどを見た後でもあり、「また来るかな?」とおびえていた。

    地震は当たり前に起きること。と理解するには、少し時間が必要だろう。


    5/12/2009

    四川地震の一周忌に想う・・・

    ●5月12日14時28分。昨年のこの時間に地球は動いた。1年間は、あっという間であり、地球の数十億年という歳月から考えると、人間の営み、歴史は瞬間だ。
     
    マスコミ各社が、この日前後に現地の様子を伝える。「学校の耐震問題、遺族の悲しみ、抗議活動への取り締まり」などの報道が続くが、他に伝える視点は無いのだろうか・・・と想う。遺族の無念さを思うと、怒りや悲しみの矛先として理解できる。私も、都江堰の全壊した中学校に直後は瓦礫の上まで捜索で入れたが、後日、慰霊で訪ねたときには、マスコミと間違われたようで、学校の敷地に入っていないが、近寄っただけで立ち入り制限をしていた公安当局に拘束され、2時間ほど警察で事情聴取(日本語担当者がいる)された。
     
    地殻変動を繰り返す地球の上では、地震は当たり前に発生している。その大地と調和した木や竹で出来た家には、被害が無かったことがある。しかし、被害が無かったことは、あまり報道されない。
     
    また、各地の被災地で感じることは、反日問題などで報道される意識と違った、現地の方々の優しさ、人情に出会うことが多い。四川地震の被災地で共に汗を流したバックパッカーの旅人たちは、中国の広い大地を自転車や乗り合いバスで旅をしながら、出会った多くの人々の優しさがエネルギーとなって、地震の後では、旅の日程が遅れるのを覚悟し、ビザを延長しながらの長期間のボランティア作業に汗と涙を流していた。
    (下の写真の中に、日本人7人がいるのだが、わからないだろう・・・地球家族だ)
    ●パキスタンやインドネシア、そして中国、日本などでは、繰り返し地震が発生しており、今回報道されるような、耐震問題などが再び発生する地域があると予想される。防衛、軍事予算、武器の購入予算を地震対策費として、戦う準備をする軍人さんは、災害救助隊へ変更してゆくべきではないだろうか・・・・
     
    今回の民主党小沢代表の辞任劇にも発展するような、戦後各地で行われた、ダムなど大型公共事業の受注と政治家の関係は海外でのODA(政府開発援助金)と現地の政府、政治家との汚職事件など、現地住民の反対運動を押し切って進める不必要な事業も見直すべきだろう。
     
    農林漁業には、もっと後継者も含めて、人材が必要とされる。
    この一周忌に、地球の上での暮らしを再考できればと思う。
     
     
    4/29/2009

    一路、三重県へ

    立教大の授業では150人を超える出席であっという間の90分が終わる。あの地震で神戸大学生39名が合計31大学で111名の尊い命が亡くなった話もした。「仮に、今この場で地震が発生したら、どんな行動を取りますか?」と実践を想定してのイメージトレーニング。

    渋滞を避け夜中移動し三重県に4時前に入ったが、すでに事故渋滞が発生!黒こげ事故車で眠気も飛んだ。まもなく記念会が始まる。

    4/16/2009

    この一週間、そして明日から

    イタリア地震では、災害対策を指揮する現地の政府が外国からの救援チームを受け入れない判断をしたことに、落胆した。

    「指導者の判断ミスで、一番悲しむのは、被災者だ!」と思ったことが何度もあった。現地に入っている知人の帰国を待つ。

    この1週間は、消防団の火災予防週間(火の見やぐらでの点鐘)から始まり、報告書の発送、中越地震の被災地廻り、教会でのイースター(復活祭)餅つき、鍼灸治療院への通院などでバタバタしていた。

    実は、山仕事の連続もあり、左肩の痛みが激しくなり、首が回せない状態となっていたので、急遽、定評がある小千谷の鍼灸治療院を訪ねたのだ。偶然、消防団仲間も腰を痛めており、一緒の治療となる。

    「かなり重たい物を長い時間持ったり、酷使していますね・・・」と鍼の先生には驚かれたが、2回の治療でかなり改善した。しかしあちこち、ガタが来ているなあ・・・と痛感。

    小千谷市塩谷の慰霊碑や修復された古民家「芒種庵」、十二平、水没した旧山古志村の川沿い集落を訪ね、時が止まったままの場所にたたずむ。

    昨日は、柏崎市社会福祉協議会の中にある被災者の生活相談員担当の方と今後の打ち合わせ。

    特に、仮設住宅からの引越し先で発生する可能性のある事例について、私たちの神戸での24時間体制での活動、緊急通報システム「ベルボックスケアセンター」のアンケート集計や記事などの報告書を手渡した。「先日、神戸の支援団体などを視察して来たところですよ。いろいろと参考になります」と言ってくれました。高齢の方々の仮設住宅から引越した先の生活が心配とつぶやいていた。

    さて、明日は清瀬JCの例会で講演するために上京します!

    4/8/2009

    リンゴ畑で地震速報

    今回発生したイタリア中部での地震について、中国四川省の被災地で共に活動した方から現地に入るとの情報が入る。ちょうど、リンゴ農家の災害救援仲間が体調不良となり、剪定などの片付けをしていた最中だった。

    この間、問い合わせが数件来たが、記事や写真などもチェックしながら、救助での現地には入らず、現地カウンターパートを探し、後方支援をする予定だ。

    ヨーロッパ諸国には、災害時での救援組織や人々の助け合い意識もあり、阪神淡路大震災の時にも、すぐに救助犬と共に駆けつけてくれた。

    それも当時の村山首相よりもスイスの救助犬の方が早く駆けつけてくれたことは、語り草となっている。

    古い石積みの建物が倒壊すると台湾や雲南省、四川省の地震の時と同様に生き残る空間が少ないことが予想される。

    手作業での救助活動、72時間の壁を祈るしかない・・・

    3/27/2009

    DRT2009川崎(神奈川)

    桜の便りもある中、長野県北部は積雪20センチを越えました。明日の講習会へ上京します。参加者はあっというまに、定員オーバーになっています。下記、クロさんブログより
     
    動力機材等を活用した災害ボランティア講習会
    【DRT2009川崎(神奈川)】
    -Disaster Relief Training 2009-

    ◆趣  旨:
    先の能登半島地震や中越沖地震においては沢山のブロック塀の倒壊があり、その処理の多くはボランティアの人力作業によって行われています。しかし、作業の効率性・安全性を考えた場合、動力機械による作業の必要性を改めて感じたところです。このように大規模災害に備えチェーンソーやパワーカッターなどの動力機械を操作できる専門性を兼ね備えたボランティアの育成については長年の課題でもありました。
    また、水害でのボランティア活動は重機などの機械力と人海戦術を取り混ぜた効率的な活動が、炎天下でのボランティア活動において安全面・健康面からも、とても重要であると認識されたところです。
    阪神・淡路大震災以降、災害ボランティアセンターでのコーディネーターの養成は社協を中心に多くの団体においても行われてきましたが、ボランティアが実際に活動する被災現場でのいわゆる「現場コーディネーターの養成は全く行われておらず、作業の非効率さも指摘されています。そのような背景を受け、今般、災害ボランティアのレベルアップを目的として実施するものです。
    なお、この講習会は資格や認定を目的としたものではなく、動力機材の操作等を体験することによりその技術力や効率性を再認識し、それぞれの団体・個人の知識を深め、専門性を兼ね備えたボランティアのより高度なコーディネーターの養成のために企画されたものです。

    ◆会 期:2009年3月28日(土)
          09:00~18:00

    ◆開催場所:神奈川県立高津養護学校
            住所:川崎市高津区向ヶ丘16
    ◆募集定員:約20名程度
    ◆主  催:DRT2009実行委員会(復興V支援タスクホース)
    ◆会場協力:神奈川県立高津養護学校
    ◆講師協力NGO:
    技術系災害ボランティアネットワーク
    ・ヒューマンシールド神戸(長野)
    あかつきボランティアネットワーク(東京)
    SVTS風組横浜(神奈川)
    ◆講習内容:
    ・チェーンソー(救援・救出、流木処理、水害時の床はがし)
    ・チェーンソーの整備
    ・エンジンカッター(ブロック・石塀等の処理)
    ・ジャッキアップ技術(救援・救出)
    ・牽引機材の活用(救援救出・二次災害防止策)
    ・土嚢袋の活用
    ◆その他:
    ①現地集合、現地解散
    ②服装は、本講習会に相応しい格好で(ヘルメット・手袋・安全靴・防塵マスクは必携で)
    ③ボランティア保険・傷害保険等は各自にてお願いします。
    ④その他の食料等は各自で
    ⑤雨天でも実施しますので各自雨具の用意を

    ◆問合せ先メール:teambeavertail@msn.com

    既に災害ボランティアの経験のある方の技術向上、或いは未だ被災地でのボランティアの経験のない方など、どなたでも参加できます。使用する機材等はすべて女性の方でも十分操作可能なものです。

    --------------------------------------------------------
    《参考》過去のDRTの概要等
    新潟県旧山古志村(現長岡市)
    http://blog.canpan.info/makezu/category_22/
    宮城県白石市
    http://blog.canpan.info/coco/category_11/






    ※川崎では重機等の使用はありません。
    2/18/2009

    間に合わない緊急地震速報

    ●この数日、震度4近くの地震が頻発している。昨日朝9時過ぎ、パソコンから警報音が流れ、80秒後に地震が福島県北部、宮城県南部海域で発生することがわかり、すぐに宮城県白石在住のクロさんの携帯へ連絡。しばらく呼び出した後、カウントダウンの30秒前にはつながったが、「さっき結構揺れたよ!!今も揺れが続いている・・・」という。
     
    パソコンからの音声が10.9.8.7・・・3.2.1という声(結構怖い)と共にもっと大きい揺れが来るのかと思ったが、すでに発生した後だった。震源の深さが50キロほどでも地震速報は間に合わないということだ。
     
    断層型地震とは違った、予知できるというプレート型地震の発生では、どうなるのだろうか・・・仮に予知できたとして、どのように行動するのか試される。
     
    危機管理も出来ない「○○内閣」の判断を待たずに「その時」行動することが、最初の心構えかも知れない。
    2/10/2009

    旧正月最初の満月が終わり・・・

    ●旧正月の後の最初の満月の日、月を眺めながら中国四川省を想った。花火が引火したと思われるビル火災が北京で発生した報道もあり、中国は火薬の煙の中だろう。
     
    昨日、神戸新聞社から先日、本社へ行った時に取材をしてくれた掲載紙が長野に届いた。
    私が四川省の山奥で出会った家族たちの多くが、出稼ぎで広東省へ向かったが、その省だけでも6万社は倒産に追い込まれたとのことで、被災地にとって、さらに寒い冬となっているだろう。
     
    そろそろ生産~消費への時代から転換する時だろうが、この歯車はすぐには元に戻らない。
     
    ●昨日、オーストラリア南東部山林火災の関係で東京都のある市長さんと電話で情報交換し、別にオーストラリア現地にメールで問い合わせも行っているが返事はまだ来ない。
     
    東京都の2倍近くの広さが燃えていることを想像する。近隣の自治体、消防隊、有志の住民たちは自然の力に立ち向かって助けあっていることも想像できる。
     
    一国だけで、消火出来る規模を超えているのではないだろうか?近隣からの応援、戦う軍隊は、武器を捨てて、地球と共に暮らす装備、救助装備に変えて行く時だろう・・・
     
     
    パレスチナ、ガザ地区の惨状も風化している自分に悲しい。
     
    1/31/2009

    愛知県知立市にて

    安全・安心セーフティネットフォーラムに駆けつける。(平成20年度障害者保健福祉推進事業)
    二日間かけて障害者自立支援法から災害時での対応、今後の課題など盛り沢山の内容で行われている。
    「その時、柏崎で何が起こったのか!」のテーマで柏崎市の行政、市議、施設代表、そして宮城県から最強足軽隊のクロさんが現場の画像を見せながら発表した。
    ●写真:危険との判断で応急危険度判定士に張られた赤紙、中越沖地震2日前の災害救助訓練DRT旧山古志の様子(重機by 小千谷市の風組さん

    緊急事態での障がいを持った方々や家族の様子、発生時にいた病院での対応、施設のあり方、支援の仕方など様々な角度や立場からの発表には初めて聞く内容もあり勉強になった。
    次を受け入れる準備と備えは大切だ‥‥

    1/30/2009

    中国四川省の成都から

    1月17日に神戸へ!と連絡を取り合っていたが、旧正月にあわせて、四川省成都でお世話になったゲストハウスのご家族がやって来た。
     
    神戸のいくつかの団体や個人と再会をする中で、まだ取材されていないということなので、神戸新聞本社に取材依頼のアポを取って現状を伝えに同行する。
     
    地震前のこと、その後のこと、暮らし、ボランティア、亡くしたスタッフ、観光被害のこと・・・・じっくり1時間以上も話を聞いてくれていた。(長旅でお疲れのお嬢さん二人はお昼寝になりました)
    観光客の激減もあり、被害の少なかった都市部の風評被害は大きい。しかし「被災した小さな農村などへのホームステイ企画など私たちならではのプランを作れる。ぜひ、四川省へ来てください!!」と語っていた。
     
    夕飯は、中国の標高4000mの被災地に支援で入ってくれた神戸の高校の先生たちも集まって、暖かい雨の港を歩いた。「ここも被災地だったんだね・・・」と夜景を見つめる。
     
    5月12日は1周忌、再び現地への声も集まり始めた。GWは、ぜひ四川へいかがだろうか?パンダ達も暇らしい・・・!?
     
     
    1/26/2009

    1995117の震源地へ

    先週末に年頭行事である、全国の青年会議所メンバーが集まる京都会議が行われた。
     
    その会議の前に、14年前のあの日、阪神淡路の被災地がどのようになっていたのか知るために、東京の清瀬JC有志が神戸に集まった。
     
    東灘区から灘区を抜けて、人と未来防災センターで地震の再現CG映像から様々な記録、写真をじっくりと見る。復興への映画では、また涙してしまった。
     
    三ノ宮東遊園地、「117希望の灯」、メモリアルパーク、長田区菅原市場跡、御蔵地区など歩き、惣菜屋、冷麺屋など地元の方々と話をする。
     
    明石大橋を渡って、震源に近い北淡町へ向い、野島断層保存館へ。そこに、あの長田区若松市場近くにあった防火壁が移設保存されており、当時を思い出させた。
     
    1月17日前に発生した地震雲と言われる写真をみながら、200万年前の六甲山と大阪湾の関係、100年で5センチ隆起している六甲山、対照的に沈降している大阪湾。
     
    帰りには、市民の足になっている「タコフェリー」で明石に渡り、有志は京都へ向った。
     
    少しでも多くを伝えようと画像を取り続けていたM委員長、「一緒に現場に来れて良かったです!」同行の有志は勇士に見えたようだ・・・・・