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2008/8/31 学生ふれあい復興会議中各地で豪雨被害があり、仲間達が、愛知県や栃木県、東京で活動を開始している。昨夜は小千谷で風組スタッフと情報収集。 学生ふれあい復興会議は2日目になるが、現場が気になる。 2008/8/29 アフガニスタンと911、そして・・・2004年の中越地震が発生する前、
アフガニスタン選挙のNGO選挙監視団として、
難民キャンプの投票所を数箇所監視で廻ったことがあった。
旧ソビエトのアフガニスタン侵攻から、911同時多発テロ(?)からの
米軍等の侵攻によって、様々な方々が命と暮らし、何もかも
失ってゆく。そして戦いの後には、半減期が数十億年とも言われる
劣化ウラン弾の放射能汚染でガンや白血病に侵されてゆく。
今回の伊藤さんの死に際して、再びアフガニスタンの方々を
思った。「日本人のあなたは、私たちと顔が似ているね・・・・!」と
難民キャンプでアフガニスタンの方々に囲まれたことがあった。
「自分たちの生まれたところに帰りたい・・・・
平和になってほしい・・・普通に暮らしたい・・・」
という願いを誰でも思う。
長年、草の根の活動を続けてきたペシャワール会、
その伊藤さんの死に、現地の多くの方々が悲しんでいるだろう・・・
人が人を殺さないといけないという現実は、本当に悲惨だ。
今のアフガニスタンの状況はどうしてこうなったのか・・・・
タリバンと呼ばれる人々は、どうして外国人を狙うのか・・・・
その前に、大国はどうしてアフガニスタンやイラク、その他の国々へ
侵攻してゆくのか、もう一度考え直す必要があると思う。
西側主導の報道だけでは、真実が見えないことがあると
中東、イラクで思ったことがある。
あの911事件はテロだったかと真相究明する国際会議がある。
もう、戦う準備はやめようよ・・・・
2008/8/27 月末は再び中越へ・・・和歌山県から紀伊半島を1周するように
神戸へ寄り、中国帰りの仲間と打ち合わせ。
時間が無かったので、夜中のETC割引き時間に合わせて、
日本海を北上し長野へ戻る。
今週末30日、31日には、再び中越柏崎に戻り、
「学生ふれあい復興会議」で語る予定。
共に汗を流した学生、初めて会う学生たちに
何を語ろうかなあ・・・
夜には、中越地震で震度7を観測した川口町に
泊まり、翌日は小千谷市、旧山古志村も訪ね、
柏崎市内の町歩き企画がある。
地震から4年目と1年目の現状に学生たちは
何を見つけるだろうか・・・
(写真:神戸駅の起終点標識と高速SAでの故郷への粋なポスター)
2008/8/25 和歌山県串本にて華やかな五輪閉会式とは対象的に関心が少なくなってゆく四川大地震の被災地の現状を最近帰国したT先生と報告。 日本の小学校からの千羽鶴やメッセージ、音楽や工作の交流で笑顔が溢れた。 すでに標高の高い山々では降雪も始まり、テントを囲んだ壁だけでは厳しい冬が迫っている。 震おさまれど災おさまらず‥‥ 2008/8/23 年に一度の寺修行高野山真言宗の徳恩寺で小坊主修行のキャンプ手伝いで参加している。 座禅、読経、写経、数珠作り、お話。 これから夜中の墓参りか?!本格的なキモダメシするかみんな迷っている‥‥ 2008/8/20 四川省の山奥から連日の五輪報道で、3ヶ月前の四川大地震は
すでに過去のことになっているような感じだ。
第3次隊で成都から片道11時間をかけて入った
大坪村へ再び支援で入った3名が帰国した。
前回は一緒にインドネシアの地震被災地に入った
神戸の中高校のU先生、和歌山県の小学校のT先生。
標高3200mの村の小学校を訪ね、日本の学生からの
千羽鶴を手渡し、冬への支援について打ち合わせ。
村長さんとは、前回提案した「復興支援の民芸品フェアトレード」
の現状を聞いてきてくれたが、課題が沢山ありそうだ。
やはり高山病になりながらの工程だったが、秋はすぐそこまで
来ている。寒く厳しい冬の前に、やることがある。
2008/8/19 半旗の日に通い慣れた日本財団の地下災害用倉庫にて、急遽集まった仲間とクロさんを囲んでの送別会。辞令はいつもの薄汚れた被災地活動用Tシャツで受け取ったといい、沢山のスタッフとの語り合いが続いた‥‥ 「阪神・淡路大震災からの大きな足跡」を想った。 2008/8/15 義を見てせざるは・・・勇なきなり・・・
「見義不為無勇也」。
被災地で着ている日本財団のTシャツ背中の文字。
私の好きな言葉と偶然同じだった。
そんな生き方をしていて、
このブログにも何度も登場していた
阪神・淡路大震災の直後、日本財団の支援活動に
出会い、それ以降、様々な現場で共に汗を流した。
クロさん達は現場にまず足を運び、どのように活動するか、
後方支援はどうするのか、様々な企業の社会貢献とどのように
つなぐか迅速な活動には驚いた。
財団の動きが、もし存在していなかったら、
この間の被災地でのNPO、NGO活動や被災地への
「復興への元気」は半減していただろう・・・
「最強の足軽隊へ」と今日、勇退をして、
第2の人生をスタートさせる。
もし、災害が起こったら、一人の足軽として
活動に参加するという。
私とは、「カヌーイスト、きこりおやじ」という共通点。
時々、短気で怒るけど、クロさんを
「師」と思う仲間は日本全国、四川省にも存在する。
まずは、お疲れさん!そしてありがとう!!
若手の育成にも力を入れて、種をまき続けていた。
芽が出始めているが、水をあげるのは自分達。
最後の勤めの日に、上京し赤坂へ向う・・・ 2008/8/13 お盆に間に合った修復昨年の中越沖地震から1年が経過し、ようやく曳き起こされた柏崎市の大泉寺大清水観音堂。 お盆の前に修復出来て良かったと住職から手拭いをいただく。 しかし仁王門は傾いたままだ‥‥ 栗駒高原への仮設道路開通岩手宮城内陸地震でかなりの被害を受け41世帯の方々が孤立し、ヘリコプターで避難していた栗駒高原への仮設道路が開通して、これから地震後初めて陸路で車を降ろす。 自然学校はまず5台の車と家畜達を連れて来るので手伝いで宮城県入りした。 許可証が無いと通れない道だ。 |
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