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2007/8/28 宮崎県から柏崎へ ●2年前の台風14号で洪水になった
宮崎県の仲間から「柏崎へボランティアで入るぞ!」
と先日、連絡を受けていた。
宮崎から大阪南港までフェリー、そして陸路で。
「義を見てせざるは、勇なきなり」のようだ。
まだやることは多い。 2007/8/23 垂直に戻った柱!昨日の豪雨の中、30本近いワイヤーを掛け直し、裏壁からはジャッキアップ体制に準備を完了。 今後ともよろしく!吉村 柏崎にも秋の気配 2007/8/21 延命寺のひき起こし民家のジャッキアップ修復に時間が要した関係で延期になっていた柏崎市比角1の延命寺は、明日段取りをして23日にひき戻すことになります。 いよいよです! 今日は神戸松蔭学院から22名のボランティアが来て「あの日」の話を記録していました。住職妻の涙ながらの話に一緒に泣いていた生徒も。 13年前の幼児時代に体験した阪神淡路大震災を忘れることはできないと。 夜には3年前の中越地震を体験した小千谷と小出の高校生も一緒に二泊赤倉の寮で交流します。 2007/8/15 柏崎市の北、椎谷地区へ●コンビニで売っている柏崎市街地地図。
その地図には、椎谷地区は出ていない。
柏崎刈羽原発の北側、西山町の西側の海沿いにある。
柏崎と西山ボラセンの引越しのニーズ調査の合間に
連日、あかつきボラのこばちゃん達が汗を流している
椎谷の現場に入った。地震後、始めて入った現場だ。
確かに、住民の不安を招くブロック壁がそのままの
状態になっており、立っているとだけで汗が噴出す
37℃近い気温の中で作業を続ける。
その中に職人のような神戸のぶさんの技が光る
地区長さんや地域の高齢の方は、本当に喜んでいる。
また、曳き起こしが決まった、比角1の延命寺は
8月20、21日ごろにジャッキとワイヤー、チルホールで
20度傾いた梁や柱を元に戻す作業を行う。
200年の歴史が修復、保存される・・・・ 2007/8/13 仮設住宅への引越し開始!●避難所から仮の住まいへ・・・
13日より仮設住宅への引越しが開始する。
1ヶ月弱の暑い避難所から、
仮設住宅へ移ってゆくが、これから
高齢の方にとって、新築再建するのは大変。
「できれば、この仮設住宅を山に引っ張って行きたいなあ・・・」
と3年前の中越地震の被災者の声。
住み慣れた中山間地から市街地へ降りる。
「鍵をかけるのは、トイレくらいだったのにね・・・」と
昔の暮らしを振り返る。
突貫工事で、一気に作ってゆくのは、理解できるが、
期限2年(延長もあり)で取り壊しや転売されてゆく
仮設住宅のあり方も検討してゆく余地有りだろう。
一戸あたりの建設から撤去費も多額である。
再び柏崎へ戻り、一緒に汗をかこうと思う。
それぞれが出来ること、応援してほしい・・・
2007/8/9 平和を考える時、未来への課題6日のヒロシマ、9日ナガサキへと今も続くイラク戦争から
関連し考えることが多い。
昨年は、劣化ウラン弾兵器を禁止する
ICBUWの国際会議で、暑いヒロシマにいた。
湾岸戦争からガンや白血病患者が
増加する中、私たち日本は無関係ではないだろう。
開戦前の2003年2月、私たちが訪ねたバスラの小児病院で
死と背中合わせの子ども達のことを、死産した赤ちゃんの写真、
苦悩する親達の様子を忘れることができない・・・・
下記を転送します。 イラクの子どもたちは、今?
――イブラヒム先生(バスラ産科小児病院)を囲む会―― 日時:2007年8月13日(月)午後6時~7時半 場所:広島平和記念資料館地下・会議室2 共催:JIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク) NO DU(劣化ウラン兵器禁止)ヒロシマ・プロジェクト 参加費:無料 スピーカー:イブラヒム・ニーマン・ムハンマッド(バスラ産科 小児病院院内学級教師) (パワーポイント上映あり) 通訳:佐藤真紀(JIM-NET事務局長) 司会:嘉指信雄(NO DUヒロシマ・プロジェクト代表) [以下、JIM-NETの呼びかけから] イラクではがんの子どもたちが増えています。しかし、イラクの 停滞する医療行政のため、病院には薬が不足し、治安の悪化と物 価の上昇は、子どもたちの通院を妨げています。そして治療をあ きらめざるを得なくなる子どもも少なくはありません。 もともとは小学校の教師をしていた、バスラ在住のJIM- NETローカルスタッフのイブラヒムは、現在、バスラ産科小児病院 の院内学級で、白血病や小児がんとたたかっている子どもたちに 算数やアラビア語やお絵かきを教えています。でも、彼の教え子 たちを取り巻く状況もやはり厳しく、これまでに何人もの教え子 の死に立ちあってこなければなりませんでした。 イブラヒムは、 より多くの子どもを助けようと、薬の調 達や貧困家庭の子どもたちの通院支援のためバスラを走り回って います。治療を嫌がる子どもたちをなだめたり、不幸にして子ど もを亡くした家族の相談にのるのもイブラヒムの仕事です。 子どもたちはどうしているのか? 今のイラクは一体どうなっているのか?
直接話してもらおうと、この夏、イラクからイブラヒム先生を 招いてのスピーキングツアーを企画しました。[8月10日~ 9月10日]一人でも多くの子どもたちが助かるよう、ぜひ皆 様のご支援、ご協力をお願いします。 [詳しくは、JIM-NETホームページをご参照ください。 http://www.jim-net.net/] 「8/13イブラヒム先生を囲む会」についての問い合わせ先 嘉指(かざし)信雄:090-7897-2095 /佐藤真紀:090-5412-2977 ○イブラヒム先生のプロフィール 1970年 イラクのバスラ生まれ 1999年 イエメンにUNICEF から先生として派遣 イラク戦争が始まり、帰国できず、2003年12月に は、イラクに戻り、妻ミリアムが双子を妊娠したが、白血病にか かる。ニューマン基金の支援をうけ、ヨルダンで治療が認められ た。帝王切開で生まれてきた子どもは2人とも500g 前後。 その後、ミリアムは化学療法、骨髄移植を受けるも 2005年一月に他界。イブラヒムはヨルダンでJIM-NETに出会 いスタッフになる。バスラの産科小児科病院の院内学級の先生と して働く傍ら、薬の調達などで活躍中。戦火の中でも3人の 子どもたちは元気に育っている。 2007/8/8 被災者生活再建支援法!?●阪神淡路大震災の後、3年以上もかかって
作成された被災者生活再建支援法。
昨年の見直しもあって、上限が300万円になったが、
下記の適用のみになっている。
①通常又は特別な事情により生活に必要な物品の購入費又は修理費
②自然災害により負傷し、又は疾病にかかった者の医療費 ③住居の移転費又は移転のための交通費 ④住宅を賃借する場合の礼金 ⑤民間賃貸住宅の家賃・仮住まいのための経費(50万円が限度) ⑥住宅の解体(除却)・撤去・整地費 ⑦住宅の建設、購入又は補修のための借入金等の利息 ⑧ローン保証料、その他住宅の建替等にかかる諸経費 (注)大規模半壊世帯は⑤~⑧のみ対象(100万円が限度) (注)長期避難世帯の特例として避難指示が解除された後、従前居住していた市町村内に居 住する世帯は、更に①、③の経費について合計金額の範囲内で70万円を限度に支給 (注)他の都道府県へ移転する場合は⑤~⑧それぞれの限度額の1/2 ●柏崎市の災害対策本部を訪ねた。
やはりこの法律での問題点が指摘されていた。
訪問した民主党の国会議員、県議団の一行に、
「住宅の再建、補修費に充てることができないこと。」
が話題になっていた。方策や情報が無いまま、
補修すれば生活することが可能な家が、解体撤去されてゆく。
3年前の中越地震で小千谷市の方がつぶやいていた。
「曳き起こしで修復できるなら、そうしておけば良かった・・・」
能登地震での被災地でも同様な声がある。
小千谷市塩谷の古民家「芒種庵」や鎮守様「仙龍社」、
川口町の寺院の曳き起しを手がけた魚沼の高辰組さん
のアドバイスが有り難い。
またたてもの修復支援ネットワークの活動もわかりやすく、
説明会も行っている。
「震おさまれど、災おさまらず・・・」にならないように、
過去の反省を活かしてゆきたい。
2007/8/4 暑い!!フェーン現象の被災地への手●能登半島地震支援に続き、
全壊家屋の並ぶ柏崎市四谷地区に
登場して、甘い600枚のクレープがあっという間に
無くなり、追加で小千谷から400枚近くが登場。
ラジオ広報でのおかげもあり、
被災地でクタクタの方々、特に子ずれのお母さんに
大人気で、みんなニコニコ顔。
甘みでパワーを増した支援隊でしたが、
後日の台風フェーン現象で体温並み36度を
越える猛暑の中、立っているだけで大汗状態。
●このクレープ屋さんの1日出店先になった
「障がいのある人だけでなく、誰もがその人らしく
地域で生きることを支えたい!」
と柏崎で活動するNPO法人トライネットがある。
施設の両隣の家は完全に全壊して、片側の家は
施設に倒れ掛かる寸前で止まっていた。
余震で崩れる前につっかえ棒を入れるが、
家主の方の意向で、早めに出せるものを出して
解体撤去したいという。
依頼が殺到して手が回らない
撤去業者との調整で、ボランティアで出来る
ところは手伝うことに。
部屋内からの荷物だし作業は、
解体重機が入ると出来ないことだ。
(大地震後の補助対象の解体撤去費用に、荷物出し、
ストックヤードへの移動、保管費も検討されるといいね)
まず、かなりの重みになる瓦を降ろし、
家屋内の安全を確保して荷物を搬出する。
おばあちゃんの大切な宝物ばかりだ。
しかし、娘さんに言わせれば
「この機会にあきらめてもう捨てちゃえば?」
と本や手紙、筆、額など本人にしか価値の
わからないものに苦言を言う。
部屋中に散乱してしまった
「じーっと昔の思い出を見つめる
おばあちゃんの目が忘れられない・・・」
「大丈夫!安全確保したら、少しは出せますよ!」と
初動から動いてきた小千谷の風組の
そして能登半島地震では足湯隊で
がんばる長岡技術大学のVOLTof NUTSや
能登半島の青年会議所メンバー、伝説の桑さん
インドネシア支援で一緒した神戸の先生、
引越し隊のふなっちの
応援で沢山の荷物が運び出せた。
私は、高齢者が多く暮らす寺への小道の
隆起部分をコンクリートカッターで撤去し、
復旧作業に大汗かき。小道の下は、
液状化で砂が盛り上がっている。
「段差で歩くのが怖かったから助かる!
災対本部に言ってるけど、小道にはいつ支援が来るか
わからなかったよ・・・」と自治会長さん。
ひとつひとつ、不安を取り除けてゆく・・・
また一歩ずつ |
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