ヒューマンシールド神戸 吉村誠...'s profileヒューマンシールド神戸 吉村誠司の地球日記ブログPhotosBlogLists Tools Help

Blog


    5/31/2009

    雨のカヌートレック

    安曇野から四万十塾のスタッフ、参加者と9艇で下っています。川面からいろいろ見える一時。

    わさび園の近く、万水川は水草が美しい!!

    5/29/2009

    新型インフルの検疫 機内より

    成田空港へ戻る機内で、上写真の「健康状態質問表」が配布された。アジア便なので、物々しい機内検疫は無かったが、機内放送でその説明がなされる。

    質問項目は、3点で裏は英語表記。1.この10日以内にメキシコ、アメリカ及びカナダへ滞在したか?

    2.10日以内にメキシコ、アメリカ、カナダに滞在していた人と接触したか?

    3.10日以内に発熱や咳などの症状があったか?

    この質問表を見ながら、2番の「接触」とは、どういう状態までを接触というのか疑問だった。カンボジアでは、欧米の観光客もレストランに普通にいるし、(少し距離はおいていたが・・・)どの程度で感染の可能性があるのかなど不明。

    また飛行機内で席に余裕があれば自由に窓側や寝るために移動している等、機内での席の位置などの記入欄は無く、トイレ近くの席では、いろんな方々との接近は避けられない。乗り降りでも渋滞となり、感染者の近くに座っていただけの方だけの隔離では、水際対策は出来るのか疑問で、関西で発症したように、国内へ簡単に入ってしまうだろう。

    マスクをした少数の方々も機内食の時間では、はずして食べるしか方法は無い状態。現地での空港待合所や免税店での警戒は職員のマスク姿以外、ほとんど何も無く、同じ空気を吸っている。

    ●温度差の30℃近い長野県に戻ったが、一応、念のために人と会う、外出を避けるようにした。

    先日は、長野の救援仲間の娘さんの結婚式が神戸で行われる予定だったが、新型インフルエンザの影響で延期となってしまったという。正直言って、あんなに危機感と神経質になる程だったのだろうか・・・・と思うのは私だけだろうか・・・

    5/28/2009

    膝まづくフンセン首相と空が見える屋根・・・

    カンボジアでは、まず挨拶で合掌の「礼」から始まる。空港の税関や売店、タクシーでもこちらから合掌すると、穏やかな表情をしてお互いに合掌する。

    学校の寄贈式典では、フンセン首相が招かれている僧侶たちにまず膝まづき「礼」をしてから始まる。

     フンセン首相が膝まづくと壇上の招待者たちも狭い空間でイスから降りて同様に膝まづく。これは場所が狭く大変だった。

    この後、州知事からのメッセージがあり、フンセン首相のスピーチとなるが、これが1時間を簡単に越えて、90分近く話を続ける。炎天下でカメラマンが暑そう!(熱くなるのでカメラにタオルがかけてある)

    それも、時々笑いを取りながら、会場を飽きさせない話術はさすがであった。話の最中に、何度も壇上の関係者と対話形式にもなり、「来る途中の道路が舗装されていないから、今回舗装整備するようにしましょう!」とか、建設後の学校の状態などを聞きつつ、予算を決定してゆくには驚いた。

    「首相が来られる式典では、何かの発表があるから、楽しみです」と今回の橋渡しをしてくれたAさん。式典の最後にも壇上全員で膝まづく穏やかなひと時で終了。慣れない背広や正装で大汗かきが続出。

    さて前日訪ねた学校の校舎では、古い校舎の屋根が痛んでおり、この張り替え予算を式典の際に政府にお願いをしたいと先生が言っていた。 

     雨季に入ったので、床にも水溜りができる状態になってきている。授業は晴れ間しか出来ないという。

     
    しかし、政府への要望はかなわず、寄付を募っていかなくてはいけない結果となった。「人件費は別ですが、約4~5000ドル(40~50万円)程の材料費で出来ると思います。もし日本の方々でご協力していただければ有難いです!!」とお願いされる。
     
    こちらは、支援の可能性を即答せずに学校を後にしたが、一緒に作業しながら汗を流すのもいいだろうとワークキャンプを各地でしていた学生時代を思い出した。
     
    材料費50万円の一部でも寄付を出していただける方がいましたら、メールくださいませ。また、カンボジアへのスタディーツアー企画も検討中です。
    5/27/2009

    沈みゆく村~浮き上がる学校

     

    シェムリアップからバイクで30分少々走ったトンレサップ湖の手前にチョンクリア集落がある。雨季になると、プノンペンからの長距離船も航行する出発地点でもある。

    この集落に2006年にアメリカNGOが支援で掘った井戸があり、水質検査を行う。日本語学校の生徒は、この近くの出身でもあり、バイクで案内してもらう。

    内戦後1979年に移り住んだという39歳の男性に話を聞いたら、「なぜか午前中は、鉄分の匂いが多く飲み水には適さない。洗濯や水浴び利用で活用している」という。

    もう一箇所に今年の3月に完成した少し深い井戸も調査したら、鉄分の匂いはしなかった。

     

     井戸のある集落からトンレサップ湖への舗装路からカンボジア特有の粘土質の荒れた道をゆくと、掘っ立て小屋が並んだ漁村に到着する。

    この地域は、年間の半年だけ生活し、漁業で平均1日5ドルの収益をあげる最前線だ。「まもなく、この場所は水没するので、少し小高い場所に家ごと引越しする」という。

    自然に逆らわずに、一緒に暮らしているという感じで、冠水する道路や田畑には、水陸両用の牛や水牛が引く荷車が役に立つのだ。
    飲み水は、溢れながら運んでくるトラックの水を沸騰させているという。

    湖の手前には、ロープにつながれた建物がいくつも並ぶ。その中に、日本からの支援で建設された学校がある。

    よく見ると学校の底は、鉄板製の船となっており、水位によって浮き上がる構造だ。

     
    校舎が小さいので、午前と午後に分かれて授業を受けている。校舎の2階には、小さな体育館にもなっている。
     
    7月ごろには、3mは水位が上昇し、道路の少し下あたりまで浮かびあがる。「豪雨の時に、家から学校に来るのが大変なんです・・・」と小学生は照れながら答えた。
     
    水質検査は、変な噂話になったり、恐怖心を持たれるといけないので、現地では行わずサンプルを持って帰ってから行ったが、ヒ素は検出されなかった。
     
     
     
    5/24/2009

    悲しみの過去と豊かな大地

    雨季に入ると日々、トンレサップ湖や川幅が自由に広がってゆく。悲しみの大地に豊かな恵みも広がってゆく‥‥ カンボジアに残されているゆったりした時の流れは自然と共存する様々な気づきの時だ。 さて帰国の途へ

    プノンペン空港内の書店に並ぶ、過去の歴史

    暗黒のポルポト時代から30年近くの歳月が流れた。街の景色に50~60歳台の方々が少ないのは、その影響だろうか・・・


    帰路、シェムリアップからプノンペンに向かうプロペラ機より 

    日本語教室の先生に!

    プノンペンからバスで5時間シェムリアップに到着する。途中の道のりは、この10年間でかなり舗装され快適になっているが、免許無しのバイク荷車や牛飼いがのんびり歩いているので、時間がかかる。

    シェムリアップでは、日本語教室の生徒と一緒にトンレサップ湖周辺の井戸の水質検査を行う。古い井戸と最近完成した井戸を調べ、村長さんにも話を聞いた。いくつかのサンプル水を持ち帰り、日本語教室で調査方法を伝える授業となった。

    検査結果では有害なヒ素は検出されなかった(つづく)



    5/22/2009

    One day at Cambodia



    More than 5000 people attend open school ceremony on 21th May .

    President Fun Sen gave thanks medal to Mr Kimura .

    After ceremoy we move to new school place .

    Mr.Kimura lost his son few years ago ,so he dicide to donate to building school for children.


    Many people join to cutting ceremony little by little and Cambodia Gov menber cut finaly part .
    5/21/2009

    カンダル州の田舎で

     
     明日の学校贈呈式は、他の団体から寄贈された中高2校と合同で行われ、式典には、なんと、カンボジア国のフンセン首相も出席されることになっているという。
    (写真 建設された学校と木村氏(右)
    式典の会場は、こちらの建設された場所では無いので、今日は建設された学校を訪ねて現状確認と井戸の水質検査を行った。
    2004年のユニセフの報告では、学校建設を行ったカンダル州では40%を超える地域でヒ素が確認されているのだ。
     
     
    私が利用しているヒ素の検査キットは、ドイツ製の「メルコクアント ヒ素テスト(高感度タイプ)」。(日本ではメルク株式会社)
     
    測定方法は調査をするサンプル水に含まれるヒ素とヒ素化合物に亜鉛と硫酸を加えることにより、アルシン(水素化ヒ素)ガスが発生、試験紙の反応部分に微妙に含まれる臭化水銀と反応し、黄茶色のハロゲン化ヒ素水銀を形成することを用いている。その試験紙の反応部とカラースケールを見比べることにより、半定量として測定される。
     
     
     
     
    今回の水質検査は、建設された中学校にある深さ38m井戸と隣接する小学校の井戸を確認するためで、3個のサンプルを取って調べたが、ヒ素の反応色はほとんど出ず、基準の0.05mg以内だ。
    念の為に、子どもたちの手のひらを見せてもらったが、硬くなるなどの中毒症状は出ておらず、安心した。
     
    ヒ素の検出には、季節や井戸の深さ、河川との位置なども関係するので、長期的に関わらないといけない。
    夕方に政府関係の方とヒ素対策について意見交換をした。(本人は政治担当の方なので、詳細は不明な点もある)
     
    現在、井戸の管理などは、地方開発の担当でヒ素などの有害物質については、保健省の担当。
    しかし、地方開発には遅れている基盤整備もあり、保健省では日々の衛生問題や教育、HIV感染など優先問題が多々あるので、手が廻っていないようだが、雨水の利用などで飲み水確保への指導はあるようだ。
     
    5/19/2009

    雨季のカンボジアより

     
    出発した長野県が10℃台で、乗り継ぎの台湾が24℃、そして、1年ぶりにやってきたカンボジアの大地はスコール後の様子で30℃を軽く越える。
     
    覚悟はしていたが、暑さと湿度で自然と汗が出てくる。各空港では、新型インフルエンザへの水際対策で温度センサーがあるカメラの設置はあるが、健康調査票には、座席番号など記入する箇所は無く、機内もマスク着用者はほとんどいない。あの状況では、簡単に感染して広がってゆくだろう・・・・渋滞するビザカウンターへの手前にあるので、せめて飛行機から降りた直後の廊下にカメラがあるといいだろう。
     
    プノンペン空港で、先遣隊の木村氏の出迎えを受けて、市内へ。
    この10年間を見ても、市内は少しずつ近代化してゆき、乗用車も綺麗な車が多い。(私の車の方が汚い・・・)
     
    プノンペン市内で、神戸時代から支援を行っていた寺院を訪ねる。
     
    この寺院に、日本の高野山真言宗の住職が13年目となる滞在で、ポリオや地雷によって足を無くした方への手こぎ自転車を製作している。
     
    神戸港から放置自転車をコンテナで送ってからのご縁が続いているが、細く長く継続してゆく支援の大切さを痛感する。
    「私は、半分棺おけに足を入れているみたいだけど、これからのNGO活動を支えないとなあ・・・」と
    熱く語っていた。
     
    ●新型インフルエンザも脅威だが、世界では、核実験による風下の被爆や工場廃水での病気、不発弾から地雷問題など
    その日を生きるのに精一杯の人々がいるということを考える機会になればとも思う。
     
    今朝の朝刊に、学生時代にワークキャンプを行っていたスリランカの26年間にわたる政府軍とタミールとの戦いに終止符か!?という記事があったが、
    独立したかった人々の思いを考えると複雑だ。インドネシア津波の後に、インドネシアから独立運動を行っていたアチェの方々に会った時の言葉を思い出した。
    5/18/2009

    千曲川から成田空港へ

    千曲川の流れは、雪解けや季節によって川面が違う。以前、沈没した箇所もゆったりと流れている。
    四万十塾のスタッフにキャンプ設営ポイントなど現地レポートを送り、都会を抜けて成田空港へ。

    これからカンボジアとの気温差との戦いかも‥‥

    そして、仲間の学校も休校になった関西のインフルエンザが気になるが、成田空港でマスク着用している人達は少数、帰国日が気になります。

    出国手続きを終えて、フライトまでの待合ロビーにヤフージャパンの無料PCコーナーがある。

    20名程が満員で利用しているが、スタッフも含め、マスク着用者はいない。

    中越での出逢い~

    中越沖地震から、この7月で2年を迎える中、阪神淡路大震災で知り合い、子ども富士登山のサポートや餅米の支援を継続していただいていた御殿場の杉の子会一行が柏崎市を訪ねた。

    昨年は、私が四川地震で不在だったので、小千谷から旧山古志村を風組さんに案内していただいき、今年は柏崎訪問となった。

    曳き起され修復した寺の取り組みを語る住職夫妻。元気を届けたもち米の縁が今日、初顔合わせとなった。
    しかし、周辺の住宅地は更地が沢山残り、閑散としており「寂しくなったわ・・・」と妻は語った。

    ●その前日は、中越地震の後に、看護師の資格を取り、奈良県から長岡市に引越して、病院勤務をしていた裕香さんの披露パーティがあった。小千谷市のTさん宅にもよく通ってくれている。
    阪神淡路大震災では、動物レスキューの団体で動物の救援活動しており「今回の地震では人の為に役に立ちたい」と中越地震を機会に引越しをしたが、中越沖地震では住んでいた借家が一部損壊の被害を受けて、被災者となってしまった。当時、土砂崩れで通行止めになった国道8号線近くで被災したので「自分が被災するとは思わなかったわ・・・結構、揺れが体にしみこんで、今も怖い」と言う。

    いいパートナー(ハーモニカの熱演)を見つけたね、二人でがんばって!お幸せに!!

    ●この15日から、消防団の操法大会への準備、練習が始まったが、これからカンボジアへ向かうので、参加できずに申し訳ない。
    救援活動のパートナー木村氏が担当する学校建設が完了し、その贈呈式となる。政府関係者の出席もあるという。

    私は、同時に最近、ある地方では砒素が検出されていると報道されているカンボジアの井戸の水質検査と地雷関係事務所がある地方を廻る予定。

    実際に現地で井戸掘りをしている団体と連絡を取っています。

    5/14/2009

    飛び豆カヌーキャラバン2009

    今年も四国の四万十塾が主催するカヌートレック「飛び豆キャラバン2009」が5月16日から岐阜~埼玉~長野~高知で行われます。

    私は、5月30、31日の安曇野の清流、犀川・万水川と6月10、11日の千曲川トレックに参加予定です。ゆっくりとした時間の中で、川面からいろいろ感じましょう。参加お待ちします。
    申し込みは下記HPより 
    http://40010.net/modules/tinyd2/index.php?id=50

    「僕たちは、水の上をカヌーで旅をします。足跡も傷跡も残さず旅をします。

    全ての水は、繋がっています。
    大地を潤し、沢となり川へとそして海へとそそがれる・・・
    やがてその水は、雲となり、還ってくる・・・・・
    その中に僕たちの営みが深く関わっています。

    僕たちは、水の旅人です。
    毎日の生活の中で身体に取り込む水、自分たちが川へ流す水、
    水を視点に、自分たちのエリアのことを考えていただこうと思います。
    身近なエリアにこそ、未来をつくる智恵がたくさんあふれています。

    2009年の飛び豆キャラバンは、岐阜ー長野ー埼玉ー高知と、日本各地を飛びます!

    カヌーと自然を愛する人たち集合!初心者大歓迎!
    自分たちの近くのエリアの水をのぞきに行こうよ!!」四万十塾より



     

    5/13/2009

    黒いヒマワリと‥‥

    阪神淡路大震災を体験した子どもたちが、書いた絵が残っている。
    色が乏しく、黒いヒマワリに太陽の光は届いていないようだ。

    泣いているような表情の人々に濁った赤で色がついているのも意味深い。

    国によって、あえて地震後の様子を思い出して絵に描いてもらい、丸めたり、破ってみたりしてその心の傷跡を乗り越えようとする取り組みもある。

    阪神地区の子どもたちと8年間続けた、富士登山。ご来光を山頂で見ようと寒い暗闇をライトの光で登りながら頂上で見た朝焼けと丸い地球は心に残り、自宅に戻ってから保護者からの嬉しい声もあった。
    「電気を消して寝られるまでに3年かかりました。キャンプに参加出来て、良かったです。ありがとうございました!」

    昨夜、カタカタと小さな揺れからガタッ!とやや大きな横揺れで自宅周辺は震度3の地震が発生。群馬北部と上越が震度4という変な地震だった。
    2006年7月の中越沖地震では、長野県北部で震度5強の揺れを体験した二人の娘(特に下の娘)の心には、しっかりと恐怖の傷が残っており、すぐに机の下に入っていた。
    四川地震のニュースなどを見た後でもあり、「また来るかな?」とおびえていた。

    地震は当たり前に起きること。と理解するには、少し時間が必要だろう。


    5/12/2009

    四川地震の一周忌に想う・・・

    ●5月12日14時28分。昨年のこの時間に地球は動いた。1年間は、あっという間であり、地球の数十億年という歳月から考えると、人間の営み、歴史は瞬間だ。
     
    マスコミ各社が、この日前後に現地の様子を伝える。「学校の耐震問題、遺族の悲しみ、抗議活動への取り締まり」などの報道が続くが、他に伝える視点は無いのだろうか・・・と想う。遺族の無念さを思うと、怒りや悲しみの矛先として理解できる。私も、都江堰の全壊した中学校に直後は瓦礫の上まで捜索で入れたが、後日、慰霊で訪ねたときには、マスコミと間違われたようで、学校の敷地に入っていないが、近寄っただけで立ち入り制限をしていた公安当局に拘束され、2時間ほど警察で事情聴取(日本語担当者がいる)された。
     
    地殻変動を繰り返す地球の上では、地震は当たり前に発生している。その大地と調和した木や竹で出来た家には、被害が無かったことがある。しかし、被害が無かったことは、あまり報道されない。
     
    また、各地の被災地で感じることは、反日問題などで報道される意識と違った、現地の方々の優しさ、人情に出会うことが多い。四川地震の被災地で共に汗を流したバックパッカーの旅人たちは、中国の広い大地を自転車や乗り合いバスで旅をしながら、出会った多くの人々の優しさがエネルギーとなって、地震の後では、旅の日程が遅れるのを覚悟し、ビザを延長しながらの長期間のボランティア作業に汗と涙を流していた。
    (下の写真の中に、日本人7人がいるのだが、わからないだろう・・・地球家族だ)
    ●パキスタンやインドネシア、そして中国、日本などでは、繰り返し地震が発生しており、今回報道されるような、耐震問題などが再び発生する地域があると予想される。防衛、軍事予算、武器の購入予算を地震対策費として、戦う準備をする軍人さんは、災害救助隊へ変更してゆくべきではないだろうか・・・・
     
    今回の民主党小沢代表の辞任劇にも発展するような、戦後各地で行われた、ダムなど大型公共事業の受注と政治家の関係は海外でのODA(政府開発援助金)と現地の政府、政治家との汚職事件など、現地住民の反対運動を押し切って進める不必要な事業も見直すべきだろう。
     
    農林漁業には、もっと後継者も含めて、人材が必要とされる。
    この一周忌に、地球の上での暮らしを再考できればと思う。
     
     
    5/9/2009

    お弁当作り!

    ●湖畔近くにある小学校では、3年から6年生が2班に分かれて、湖畔半周づつの清掃遠足があった。えらいっ!
    私がお弁当を作ろうと5時には起床して、製作。試してガッテンのハンバーグにも挑戦し、揚げ(亀戸)餃子も追加。玉子焼き、オクラ、ニンジン、ポテトサラダ、ピーマン、フライドポテト、クレソン、イチゴ・・・

    「いろんなゴミがあったよ!自転車も捨てられていた・・・」と8キロ近く歩いた娘は、「お弁当美味しかったけど、お箸が無かったよー!」と夕飯前に寝てしまった。新聞社やテレビ局の取材もあったという。

    ●今日13:01頃に満月となる。昨夜の夢は、結構リアルで、出先で大地震に遭遇して救助活動を始めるというもの。バタッ!「あー夢か・・・」と起きたが、いつも心構えは大切かも。

    もうすぐ、12日は四川地震の1周忌となるが、現地入りを計画していた神戸や新潟の方や仏教関係者の方が行けなくなり、急遽、延期とする。

    8月の後半に大学生たちと四川省に入る計画もあるので、併せて行う予定とする。(同行に興味がある方はメールくださいませ)


    5/6/2009

    湖畔そうじ

    ETC割り引きで下道も大渋滞の中、娘と近所の子どもたちと湖畔のゴミ拾い作業。風下の湖畔には発砲スチールやペットボトル、吸い殻が流れついている。

    本当は、湖畔遊びがメインだったが、あっという間にゴミ袋いっぱいになる。

    「ETCの週末祝日割引は温暖化対策にも効果がある!」と政府担当者は言うが、確実に自動車利用が増えて、夜中でも渋滞が続く現状、助かるという声はあるが疑問が多い。

    マナーの悪い観光客、つり人が増えたという声も聴かれる。

    本来、高速道路が高すぎている現状に問題があるのではないだろうか・・・・ やはり時代に逆行する愚策と痛感する。


    5/5/2009

    小千谷~山古志~栃尾へ

    ●闘牛の余韻が酒の肴になった小千谷市塩谷の古民家で朝を迎える。山を降りた人、残った人たちと懐かしい仲間も集い夜中まで語った。
    区長さんやおばちゃん達が収穫した山菜のおいしさと人情に同行した清瀬JCのM委員長も感激。

    【地震で土砂崩れをした塩谷の裏山。地震前は向こうの山は見えなかった】


    2004年の中越地震の傷跡が残る道を抜け、山を越えて栃尾へ向かう。中越地震の際、自分たちで栃尾のボランティアセンターの開設をした国際学生ボランティア協会IVUSAの古民家再生活動を覗いた。


    【水没した旧山古志村の木篭集落。新しい道が、数件の水没集落の横を通る。】

    小千谷の風組、大工の棟梁も応援している。被害がありながら、あまり報道されない栃尾での地道な活動に村人も喜んでいる。

    ●新型インフルエンザへの予防検疫も重要だが、発生国への支援にもっと力を注ぐべきだろう。

    仮に日本が発生国だったらどうなっていたのか想像すると怖い。
    それと同時に命の重さを思うと年間3万人、毎日90人近く自殺に追い込まれる現実をどうするのか‥‥

    築100年を越える古民家の修復(下 棟梁とノブさん)

    5/4/2009

    闘牛の初場所!

    長い冬が終わり、伝統のある小千谷闘牛初場所へ!