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2007/3/31 ●メール送受信について現在、事務所機能引越し移転の為、チェックできていません。 吉村@空を眺める時間がふえそう 2007/3/28 ●神戸より長野へ拠点移動昨夜、石川県より長野、愛知のボラ仲間に報告し神戸に戻った。あの状況を見ながら被災地を後にするのは辛い。この3月末で拠点を中越に近い長野県北部に移転する為、今日は引越し日なのだ。明日、災害ボランティアの師匠、日本財団の黒沢さんが現地入りをする。様々なネットワークの情報や動きを下記サイトでアップしている。http://blog.canpan.info/makezu/ 震災がつなぐ全国ネットワークhttp://blog.canpan.info/shintsuna/ 私も長野で体制を整え、今後予定を調整する。被災地に入りたい人は、混乱する現地に電話せずにHP、情報活用を! 2007/3/27 (続き)町のニーズなど隣のおじいちゃんから頼まれたのは、完全に倒壊した納屋にシートかけ。中には濡らしたくない骨董品や宝があると言う。堀り出し作業もいずれ必要。他のニーズは、少しでも荷物を出したいが置き場所が無い(小さなコンテナがあると助かる)部屋内の片付け、ガラス、ブロック拾い、ゴミの仕分け、運び出し、シート張り(ドア、縁側、屋根)、風呂に入りたい、もう少しすると洗濯をしたい。昨日、輪島市社会福祉協議会に行った時、地震で倒れた350キロの書庫金庫起こしやPC、プリンター機材の再設置など業務復活への支援も重要と実感。 二次災害は(携帯より)門前諸岡地区。あんなに窮屈な避難所は初めて見た。隙間が無いうえ、寝返りも出来ない程入っている。避難所に入っている日赤の医療スタッフは「血圧が高い方が多く、この環境では風邪など流行るといけない」と言う。夜中まで寝られない方が多く、神戸から来たと話すと「あの揺れた時」の話しが後から後から出てくる。怪我人が多かったが、犠牲者が少なかったのは奇跡的だと言う。そして高齢化率が40パーセントを越え最近輪島市に合併した門前町はニーズが特に多い。歪んだシャッターをこじ開けて車を出す作業をすると隣からも頼まれる。 2007/3/26 余震で倒壊!輪島市門前諸岡付近で傾いていた家が余震で倒壊!その家の男性の行方が解らないと警察、消防が救助に入る。瓦をはがし近くの重機で梁を動かして穴の中に救急隊が入って呼びかけながらの捜索。その時、自宅近くに戻ってきた男性を無事に発見。安堵に包まれた。門前支所のボランティアセンターは社会福祉協議会の方がセンター長になり正式に開設の準備をしている。センターはまず輪島市中心部ではなく被害が大きい門前地区に置かれる。小さな余震が続く 輪島市より震源に近い西海岸側は急に道路と橋の段差やマンホールの3~5センチ隆起が始まる。道ばたの井戸に列が出来ており水が濁っているという。輪島市対策本部に19時頃入り、情報収集する。門前諸岡地区周辺の被害は震度7に近いように見え全壊が多い。日本JC災害担当が栃木より先ほど輪島入り。さっそく輪島JC理事長と専務に会い深夜の打ち合わせ、ボラセンターについては未定だ。0から1を作る難しさ 瓦屋根は中島町より峠を越えて西岸駅近くの集落から瓦屋根がずれ落ちたりの被害が見え始める。緊急車、レスキュー隊がサイレンをならして追い越し、電力や電話会社の作業車が作業を開始している。犬はシッポを垂らし鳴き叫んでおり、高齢の方々は外に出て不安そうな表情だ。余震が続く。輪島まであと31キロ。先頭車にあかつきボラの小林、高田、私、チーム絆の新保ダァさんが続く 石川県七尾通過中越より北陸道小杉インターから氷見に向かう。七尾市に入るが外見の被災は無いがコンビニは断水でトイレは使えない。国道249号を輪島へ向かうがあと35キロ程の中島から渋滞。被災地に入る際には燃料満タンで 石川へ中越より能登半島へ向かっています 2007/3/20 笑いを届けよう! ●エルニーニョ現象が2月に終息したとの
ことで、一気に冬の様子になった中越。
その中越に神戸や雲仙普賢岳など各地の被災地に
笑いを届けてくれていた三遊亭京楽さんが、
この週末小千谷に登場する。
寄席の後、夕方からは、慰霊碑のある塩谷へ。
京楽さんは、なんともいえない優しい人柄で
会場に涙と笑いの渦を巻き起こす。
出逢った時の笑顔だけでも、引き込まれそうだ・・・
中越復興市民会議さんが共催となっていろいろと
段取りをしていただいている。
東山の復興マップつくりのヒアリングなど
多忙な中の地道な活動はさすがである。
~東山に真打きたる!~
「三遊亭京楽落語寄席」 参加費 各無料
3月24日(土) 14時開演 15時半頃まで
会場 小千谷市東山住民センター(南荷頃交差点角)
(落語終了後の炊き出しの関係で申し込み必要)
3月25日(日) 11時開演 12時まで
会場 : 千谷仮設住宅 集会場
(小千谷市千谷)
共催 : 東山地区振興協議会、ふれあいネットワーク東山、中越復興市民会議 後援 : 小千谷市社会福祉協議会、横浜徳恩寺 協力 : 長岡技術科学大学Volt of NUTS、あかつきボランティアネットワーク、小千谷JC有志、芒種庵を作る会、チーム絆 他 2007/3/7 帰国、地震、墜落・・・●フィリピン台風被災地、ビコール、アルバイ地区を廻り、
重い気持ちでの帰国となった。
今までも様々な被災地で、紙一重で助かった命、
助けられなかった命と出逢った人たちに会った。
イスラム社会のある人は、「強い者にしか試練をあたえない・・・」
とその悲劇をなんとか受け入れようとしていた。
キリスト教が多いフィリピンでは、
教会、避難所、仲間と祈りあい、助け合い
そして沢山笑って忘れようとする姿もある。
だけど、一人の命が亡くなるのは、
世界中、どこでもとても大きなこと。
マイポン村で握っていた自分のお母さんの手が
離れてしまって、助けられなかった高校生。
「自分の家に戻って、現実を受け止めよう・・・そして一歩前に・・」
といつも傍らで支えてきたHOPE WorldWideの
ソーシャルワーカーと手を取り、土砂に崩された家の前に
立ち尽くした。
彼女の目に、もう涙は無かった。
淡々とその時の様子を語ってくれた。
重かった・・・・
●インドネシア、スマトラ島西部の都市パダンを
襲った地震。アチェの津波を想像して、人々は
高台へ逃げようとパニックになったと報道される。
数年前のアチェ津波の時には、
「大津波が来る前に、実は人々は死んでいったんだ・・・」
と語る青年がいた。
「どうして?」と問うと、
「パニックになって、車で逃げる人が、走って逃げる人々を
後からひき殺していったんだよ。それを見てから、人間って
なんだろう・・・って思うようになって、今ボランティアをしてるんだ」
と答えた。
メダンのスタッフを派遣しようかと検討しているときに、
ジョグジャカルタ空港での墜落ニュースが入ってきた。
昨年のジャワ島地震が発生してから数回現地に向かった時、
あの朝、ジョグジャに到着する飛行機には、よく乗っていた。
そして、思い浮かべたのは、滑走路のデコボコだった。
地震の関係もあり、凹凸が出来ているのか、離着陸の際にはよく揺れた。
しかし、今回の事故はその関係では無いようだ。
報道では、「日本人の旅客2名の安全が確認されました」
といつも邦人のことばかり伝える。
命に国境はないだろうに。
インドネシアの友人、NGOの知人のことが心配になった。
本当に強い者にしか試練を与えないのだろうか・・・・ 2007/3/1 アルバイ州の被災地by「Reming」2006年11月30日に通過した台風「Reming」によるアルバイ州への被害は、
18町の21万世帯105万9701人が被災をして、全壊家屋10万7千、
一部損壊は10万世帯にのぼる。
このデータは、PDCC(Provincial Disaster Coordinating Council)
(日本での県災害対策本部のような組織)が今年の1月10日に発表したもので、
死亡510人、行方不明441人、重傷987人となっているが、さらに人数が増えている。
マヨン山からの特に大きな土石流の流れは下記の衛星地図にもあるように、
ダラガ、セントドミンゴ、レガスピ、カマリグ、ギノバターン地区の5箇所に集中している。
今後の雨季や台風の豪雨によって、背後まで迫っている土石流がさらに流れ出す
可能性もあるので、集団移転についても検討されている。
現地で直後の緊急支援から、その後のヒアリング、子どものケア活動をソーシャルワーカーと行う
HOPE WorldWideのスタッフ達は、「目の前で家族を流されて、大切な命を失っていった家族や
孤児になってしまった子ども達の心の支援を息を長くして行わなくては・・・・」と一生懸命だ。
しかし、レイテ島地すべり被災地とは違うのが、被災地がかなり広域で、様々な被災者がいて、
手が廻らないということだ。情報を統括すべく、対策本部にもすべての情報はまだ集まっていないとのことだ。
私が日本のNGOからの情報で北部で支援活動をする団体の話をして電話をかけていると、
直接携帯でスタッフと話を始めて、「是非、情報交換の為にも、この事務所に顔を出してほしい!」と
言っていたのが印象的だった。多くのサポートが必要である。(つづく) |
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