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11/26/2007 夕張を想って「吹雪の中を通う」●私がよく見るテレビチャンネルがBSのウェザーニュースだ。
ピンポイントでの天気を調べるのに、郵便番号を入力する。
「〒068-0402」と打ち込むと夕張の今日の天気、気温、
週間天気や温度の変化も見れる。
夕張を思い出し、時々見ている。
「長野県北部と似ている時もあるが、
やはり最低気温が違うなあ・・」と
テレビに話しかける。
今回の訪問で、出逢った誰もが印象的だったが、
夕張に熱い想いを持っている
その法人が夕張に運営している清水沢学園
石田さんは夕張への夢を持ちつつ、片道2時間弱の雪道を
夕張から月形町の障がい者支援施設に通っている。
(道中気をつけてくださいね!)
元炭鉱遺族会の会長宅に20名ほどの方々が集まった
座談会にも出席してくれて、熱い想いを語ってくれた。
これからどうすればいいか思案している退職した方や
文化協会の方、主婦、人工透析に通う母を持つ
メロン農家の方、スキーの指導者の方々・・・
「これからどうすればいいか?」
「助け合うNPOを立ち上げて動こうか?}
という話し合いは今日が初めてだと言う。
安斉さんからも気になる話を聞いた。
訪問調査した方の話によると、
実際に、夕張を離れている世帯は、発表されている
よりも多いという。
炭鉱時代賑わっていた清稜町の高齢の方々には、
昼間から酒臭い方が多く、「孤独死」などの
問題も出てくる可能性も高いという。
これ以上人口が減らないように、
夕張に骨を埋める覚悟の方々を
支えてゆく方法は、被災地で芽を出し動き出した
様々なボランティア団体にヒントもあるように
思えた。
●炭鉱時代に発電ダムとしての歴史を閉じた近くの山林
きのこの森構想を持っているこの二人の想いを
聞いた。私にも出来ることが沢山あるようだ。
11/24/2007 バックアップしましょう!ネットにつないで作業している最中の大雪停電の後遺症は大きくパソコンが不調。 なんとデータが消滅してしまった! 各地の写真や原稿、メールアドレスなどなど、どないしょー!? 11/22/2007 夕張を想って「医師の意思」停電は40分程で復旧 ・・・電気のいらない
暖房器具が必要な生活。
●長野に戻って、雪対策に奮闘する中、
夕張医療センターの事務局長さんとメール交換する。
「夕張はものすごい雪です。
今朝7時から「雪かき」をしてしまいました。」とのことだ。 除雪も減ったというが、通院の方々の顔を思い出す。
今年の4月より、夕張市立総合病院は、医療法人財団の夕張希望の杜
が運営する夕張医療センターとなり、村上医師の他、北海道の冬を
知らない医師2人や事務スタッフを
「内地から来ていただきました」と招きいれる。
雪上での運転についても先日の懇親会の話題になり、
新しい顔ぶれでの「チャレンジ」が始まった。
代表の村上医師は、「財政破綻したからこそ、私は挑戦したい。
一度、破綻として否定された行政の運営方法や体質を医療の視点から
自由に提案できる可能性があると思う」(主旨)と夢を語る。
なんと阪神淡路大震災の際、当時の所属病院から
「しばらく救援に行ってこい!!」と神戸入りをしていたという。
出逢ってから立ち話で意気投合して13年前を語った。
この夕張は被災地では無いが、医師や事務スタッフ、
施設の方々の前向きな気持ちにどこかの被災地との様子と
11/20/2007 スロワー初出動!夜中にはマイナス4℃まで下がり、アイスバーンも発生!今夜から再び雪マークだ。中古スノースロワーの調子を確かめつつ試運転したがバッチリ! 一仕事したらパソコンに向かいたいが、遅れている雪対策に追われている・・・ 11/18/2007 長野も雪景色に・・夕張でも雪を招き「嵐を呼ぶ男」みたいに長野の黒姫に戻ったら雨が雪に変わり始めた。 11/17/2007 地球の鼓動有珠山、昭和新山、登別地獄谷‥ 有珠山噴火の時、避難所、仮設住宅を廻っていた 11/16/2007 夕張から黒松内へ「さらに厳しい冬から春にかけて、夕張南部地域の方々の通院に役立ちます」と唯一のマイクロバスが行けない地域に京都袖さんから貸与の福祉車両は活用されると事務長は語る。 さまざまな気づきと出逢いがあった夕張日記は後日パソコンからアップします。 千歳空港よりレンタカーを借りて黒松内へ。 森の中に夕張ユースで森元さんにこの半世紀の生き方を伺う。開拓精神はこれからの夕張に役立つと実感する。 「こんな時だからこそ若者に期待する。自分たちで作り上げてゆければ可能性は沢山ある」 と語る。 握手したゴッツい手に歴史を感じた。 夕張に到着!荷物のトレーラー以外の普通車5台と乗客17名の寂しい船旅が終わる。 スタンドで給油し苫小牧から1時間半で夕張に到着。街と街の間隔も離れ暗い印象だ。 夕張新炭鉱遺族会の元会長の下山さん宅にお世話になる。スキー指導員の方も来てくれ利尻のイカと魚で歓迎されるが下山さんは飲まない。 この100年間で約4700人の方々が炭鉱で亡くなっていることから、最近の市長選挙のことまでいろいろ話が尽きない。 93人の慰霊、大切な弟をあの事故で亡くした思いが部屋に祀られている。 夕張に骨を埋める覚悟の方々の思いを明日また伺う。朝に地域の方々が集まってくるらしく、私にも被災地のこと、世界のこと話して欲しいらしいが‥‥ 11/14/2007 津軽海峡より先日上京し、日本財団で夕張支援についての打ち合わせをした。 11/13/2007 北の大地へ昨日の黒姫山頂は、雪景色。
冬将軍が迫る中、今夜、京都に向かい、
夜中のフェリーで北の大地へ
車イス用の福祉車両を夕張へ届ける。
また携帯からレポートしたい。
凍てつく大地に根を張り生きてゆく方々との
出会い、語り合いをしたい・・・
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