| S.Yoshi's profileヒューマンシールド神戸 吉村誠司の地球日記ブログPhotosBlogLists | Help |
ヒューマンシールド神戸 吉村誠司の地球日記ブログ
|
2/7/2010 コンポストへの道のり2/5/2010 ネズミ王国!?玄関の長靴を履くときに注意しないといけない。 誰かがドングリを入れているのだ! 娘たちが集めたドングリを一生懸命に移動させて、一番土の匂いがする運動靴や長靴に入れる犯人は、 家への隙間を見つけて出入りしており、壁の隙間を「スタタタッ!コロコロ」と時々ドングリを落としながら共に越冬している。 阪神淡路大震災以降で、そういう機会が無かった中、ひさしぶりの華やかな世界にさまざまなギャップを痛感。 1/31/2010 満月の夜1/29/2010 ハイチ大地震の現地から その④先日、隣国のドミニカ 共和国から現地入りした小澤さんよりメールが転送されてきた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ おざわさちこ@ハイチです。 (転送OK) 1/28/2010 間伐作業が続く1/26/2010 ポールラッシュ100 の言葉を再び‥‥「われ山に向かいて目をあげん我が助けはいずこより来るべきぞ‥」(旧約聖書詩篇121)の言葉が山梨県清里のKEEP協会入り口門柱に刻まれている。 関東大震災で救援で駆けつけて、戦前戦後に様々なプロジェクトを行ったポールラッシュ氏の好きな一節だ。ポール氏が亡くなる前に、何度か清里でお会いしていた頃を思い出す。 今、ハイチ支援の山梨会議から再び「ポールラッシュ100の言葉」を読み返している。 巻頭に、舩木上次さん(この本も寄贈していただいた)のメッセージがあり下記に記した。ひとつひとつの言葉が心に響く。大地震が再び私を山梨県に行く機会を作ってくれたのは、何か理由があるのかもしれない‥‥ http://www.geocities.jp/noboru_f/book/recommend.html
まだ私が9歳の時、入院中のベッドの上から、先生の誕生日のお祝いメッセージを書いたのが最初でした。先生からは、逆に励ましのご返事を頂きました。 もちろん英語でしたから私には理解できませんでしたが。二回目は、私が今の事業を興すとき、その考え方を先生に報告申し上げたときでした。 その際には先生から「Do your best. And it must be first class.」と励まされました。そして今、3回目の手紙を書いています。 私たちは「清里百年計画」を構想しました。そして、清里の新しい「かたち」を創ろうとしています。議論の過程で様々な意見がでました。 そして、結論として合意したことは「百年後の清里を如何にするか。」ではなく「百年後の清里に何を残すか。」をキー・コンセプトにしよう、ということです。 それは「百年後の社会を見通すことは至難の技です。例えば、明治の人々が、今日を予測できたでしょうか。 こうした前提に立って、『百年後はどんな姿になっているのか』と考えると、百年は遠い彼方で、私たちの考えは到底及びません。 しかし『私たちが会える次の世代が活躍する時代』と考ると、百年の時は身近で、今も私たちと一緒です。 ポール先生は「食糧、保健、信仰、青年への希望」を柱に敗戦後の清里に理想の地を作り上げてきました。 このことは大きな成果をもたらしたのですが、時を同じくして、この国に押し寄せた「高度成長の波」が、人々や地域を、結果としてポール先生が構想した「あるべき姿」からほど遠い姿にしてしまったのではないかと思っています。 高度成長時代に、清里には多くの人々がおいでになりました。そして、そのことにより経済的には豊かになりましたが、農地は荒れ、景観は歪み、人々の心の交流は疎遠になり、お金のみに拘泥する気運を過度に強くしてしまいました。 このことは清里のみではなく、全国的、もっと言えば全世界的に興ったことですが、こうした20世紀のあり方に、それこそグローバルに反省する気運が生じ始めています。私たちはやはり農業を営み、そのことで清里の大地を大切にしたいし、美しい空間をいつまでも残したいし、経済的な自立はもちろん必要ですが、清里の高原に吹くさわやかな風の音や鳥たちの囀り、燦ざめく光のなかで豊かなコミュニケーションを育みたいのです。 ポール先生。先生は、これらのことを当たり前のように実践してきました。そして私たちはしばらくの間、先生のこの理想を忘れていたような気がします。「百年計画」の中では新しい自発的な生活圏を構築していこうと考えています。 私たちはこれを、「KEEPプロジェクト」をベースにした「PAULプロジェクト」として進めていきたいと考えています。 ポール先生。こうした考えについてどのように思われますか。3回目の手紙になりますが、どうぞ私たちに、導きの言葉をくださいませんか。 お返事を待っています。 祈りを込めて 1/21/2010 甲府よりハイチへハイチ大地震の支援へ③昨夜、ハイチ友の会の小澤さんから、「本日、日曜日に日本赤十字として正式に出発することが決まりました!」と電話があった。今夜、甲府で緊急の支援会議をすることになり向かう!下記は小澤さんからのメール転載です。吉村 ●おざわさちこ@ハイチ友の会/牧丘病院です。 このメールは会員さん、お見舞いのメールを下さった方、マスメディアの方々などに送らせていただいています。重複して受け取られる方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。もしご迷惑でなければ、支援を広げるために友人・知人の方々に自由に転送していただければ幸いです。 ハイチ大震災発生以後、非常事態が続いています。奇跡的に、これまで私たちの活動にかかわりのあった、顔と名前が思い浮かぶ友人・知人たちは、命だけは助かっていることが分かり、少し先のことを考えられるようになってきました。 事務局内では、すぐに専門分野でもない緊急支援に飛びつくのではなく、ハイチ友の会としては何ができるのか、どんな役割があるのか、改めて考えさせられています。 --:--:--:--:--:--:--:--:--:--:--:--:--:--:---:-- 二つ目については被災から数日ですが、街頭募金などする余裕がなかったもののすでに23万円以上のご寄付が集まりつつあります。(昨年度1年かけて集めたご寄付の額を上回りました。) それ以外にも全国から多くのお申し出もいただいています。 募金を呼びかけてくれた生徒会/児童会むけに以下のようなメッセージを発信しました。 これからこのような活動をはじめようという動きに対して、以下のようなメッセージがあればより弾みがつくという声に応えたものです。 ======== 小学校がつぶれ、中にいた子どもたちもおおぜいぎせいになりました。助かった人たちも家をなくし、食料や水がなく、けがの手当ても十分に受けられないでいます。 家族や友だちがどこでどうしているのかわからず、これからどうしたらいいのか、困りはてていることでしょう。 ハイチはとても遠い国です。かんたんに行くことはできませんが、それでも日本で心配している人がいる、いっしょに悲しんでいる人がいることを伝えることはつらい気持ちでいる人たちのはげましになるでしょう。 みなさんにおねがいです。これからのハイチを支援するために、ぼきん活動をしてもらえないでしょうか。 わたしたち「ハイチ友の会」は地震の前からハイチを支援してきました。みなさんの優しい気持ちを、私たちはきっとハイチの人たちに伝えます。ごきょうりょくをおねがいいたします。 ハイチ友の会 代表/山梨市立牧丘病院 医師 小澤幸子 ========募金の受付: ●山梨中央銀行銀行コード0142 和戸支店 支店番号277 そして三つ目のアクションについては、「ハイチ地震:被災者に心をよせる人のつどい」を 2月上旬に東京で開催します。 まだ詳細は決まっていませんが、この機会に知っている人知らない人含めて皆さんにお会いしたいですし、話を聞きたいと思っている方に場の提供をしたいのです。 ハイチをよく知る方をゲストにお迎えし、思いを共有する場にしたいと思っています。 -- 小澤 幸子 Sachiko Ozawa 山梨市立牧丘病院内科/ハイチ友の会代表 山梨市立牧丘病院 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ ■□ ハイチ大震災への募金(義援金)の振込先郵便振替口座 00130-4-14940 ハイチ友の会 1/20/2010 暖かい朝‥‥1/17/2010 全国から再び~一日元気村1/16/2010 15周忌の神戸へ1/15/2010 ハイチ大地震 ②緊急支援のお願い取材や問い合わせが殺到していたので昨日の記事では、団体名や名前を出さなかったが下記の呼びかけを開始して、私の団体と連携してゆくことになったので紹介します! ヒューマンシールド神戸代表吉村誠司 ●ハイチ大地震について http://friendsofhaiti.home.mindspring.com/j_new/index.html 対策本部を置くべき政府も甚大な被害を被っており、ライフラインの復旧には数日~数週間を要すのではないかと思います。 マスメディアの発表している震源は、私たちが来年植林支援を展開しようと計画していた、レオガン市オランジエ地区から近く、里親支援を約10年つづけてきた南側の海岸沿いの町ベネも遠くなく、顔が思い浮かぶ人たちが多数いる地域の被災に胸が締め付けられるようです。 ■□■□■□■□■□■□ ハイチ大震災への募金(義援金)の振込先 郵便振替口座 そしてまたこれまでも何度も、何度も苦難を乗り越えてきたように、ハイチの人たちがまた復興に立ち上がる力を取り戻せますように。 よろしくお願いいたします。 1/14/2010 ハイチ大地震①ハイチ大地震の後に、いろんな方々と連絡を取り合っている。現地の水道施設設置に関わった方や1995年からハイチに関わっている仲間と今回の大地震支援について情報交換中だ!
72時間の初動支援は北中南米諸国の機動力があるので、今回はこれからハイチに向かう仲間の後方支援をする予定だ。
ようやくハイチにいる関係者の無事が確認されたが、甚大な被害にかなり長期戦の支援が必要だろう。
1/13/2010 友、遠方より屋根の上へ |
|
|||
|
|